平面構成の講義でデザイナーを紹介しました。
亀倉雄策、田中一光、マックスフーバー…
ほんとはもっと紹介したかったんですが、みなさんが調べてください!
オススメの調べかたとして…
①自分の好きなデザイナーを見つける
②そのデザイナーが憧れているひとや、交流のあったひとを探す
③さらにその人の憧れているひとや、交流のあったひとを探す
…以下無限に続くって感じです!
そうすれば、リゾーム(地下茎)的に、好きなデザイナーが増えていくと思います。
デザイナーは同時代のデザイナーとかなり交流してるんで、思わぬところで繋がりを発見できるかもです。
デザイナーはよく天才的なデザインに衝撃をうけ、打ちのめされたり感動したりしがちです。
そんで直接弟子入りしたり私淑したり。
私淑…( 「私」はひそか、「淑」はよしとする意 ) 敬慕する人に直接教えを受けることはできないが、ひそかに尊敬し、模範として学ぶこと。教えを受けたことはないが、尊敬する人をひそかに師と仰ぐこと。)
今回は 亀倉雄策、田中一光、マックスフーバー からスタートし、リゾーム(地下茎)を追ってみましょう!
亀倉雄策 日本のデザイン界の巨人
代表作 1964年東京オリンピックのポスターとエンブレム
エピソード
日本で初めて「グラフィックデザイナー」と名乗った?のかも。
戦前の日本では、デザインを「図案」と呼んでいた。
それを高度な表現活動としての「グラフィックデザイン」へと昇華させた。
憧れ、影響を受けたひと
クリムト
カッサンドル
パウル・クレー(バウハウスでも教鞭をとる)
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クリムト 愛と官能を描いたアール・ヌーヴォーの巨匠
代表作 接吻
エピソード
弟子はエゴンシーレ。
エゴンシーレに「君は才能がありすぎる」と言った
憧れ、影響を受けたひと
尾形光琳(琳派)
ホイッスラー
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尾形光琳 琳派の天才 琳派の琳は光琳の琳?かも
代表作 『紅白梅図屏風』『燕子花図屏風』
エピソード
光琳が生まれるより前に亡くなっていた本阿弥光悦や俵屋宗達の作品を熱心に研究し、その様式を現代風(当時の江戸時代風)にアップデートした。
40歳になるまでニートだった。
雑学
宗達、光琳、酒井抱一、神坂雪佳……偶然100年おきに現れた天才が私淑の連鎖をし、琳派という奇跡的なデザイン集団(?)を作ったゾ!
憧れ、影響を受けたひと
俵屋宗達
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俵屋宗達 謎多き琳派の祖
代表作 『風神雷神図屏風』
エピソード
現代のデザイナーにもファンが多い宗達ですが、実は詳しい経歴は謎。
田中一光 昭和・平成の琳派
代表作 『日本舞踊』のポスター、無印良品のアートディレクション
エピソード
亀倉雄策の後を継ぐように日本のデザイン界を牽引した。
自宅やアトリエでは、BGMとして能の「謡(うたい)」が常に流れていたという噂がある。
憧れ、影響を受けたひと
アンリ・マティス
尾形光琳
神坂雪佳
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アンリ・マティス フォーヴィスム(野獣派) 色彩の魔術師
代表作 『ダンス』、晩年の切り絵細工
エピソード
70代で大手術。以後、車椅子やベッドで色付き紙を切ってデザインするように。
マックス・フーバー スイス・スタイルの体現者
代表作 百貨店「ラ・リナシェンテ」のロゴ、モンツァ・サーキットのポスター
エピソード
熱心な親日家であり、彼の奥様は日本人の葵・フーバー・河野さん。
葵さんのお父さんは河野鷹思(亀倉雄策がその才能に嫉妬したとも言われるグラフィックデザイナー)
憧れ、影響を受けたひと
マックス・ビル(パウル・クレーの生徒)
ラズロ・モホリ=ナジ(バウハウスの教授)
こうして見ると、実は水面下(地下)で複雑に繋がり絡み合いまくっていますねー。
勉強がはかどるなー。
みんな勉強してくださいねー。
おわり
