カテゴリー別アーカイブ: 油絵科

あなたはツルツルがお好き?

こんにちは。油絵科の関口です。
さて、今日のタイトルはキャンバスやパネル等の支持体の話で、決して脱毛エステのお話ではありません(笑)。

新美でも大学でも、生徒からキャンバスの下地をツルツルにしたいんですけど…という話をよく聞きます。その質問にはちゃんと答えますが、本音を言わせてもらえば、僕はあまりお勧めしません。その訳は・・・

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ダ・ヴィンチ作「リッタの聖母」 板に油彩

リッタの聖母
ダ・ヴィンチの作品は、まさにツルツルの代名詞みたいなもの。その完璧なぼかしにはスフマート(煙を意味するイタリア語、fumoから来ている)という特別な名前がついている。

 

僕も学生時代、パネルに自分で白亜地などの下地を施し、ツルツルにした経験があります。完全にピカピカにした下地は、思わず頬ずりをしたくなるほど美しく(笑)、その上に絵を描くのを躊躇ってしまう程です。

僕が当時好んでやっていたのは、炭酸カルシウムにチタニウムホワイトを少量混合し、膠水で混ぜた塗料をヘラや刷毛で塗る、白亜地と言われるものです。それを一度水で濡らして、掌で擦って磨き上げていきました。サンドペーパーで磨いたものよりもツルツルになり、まるで大理石のような半光沢のある、とても美しいものが出来上がります。磨く方法は他にも数種類ありますが、長くなるので今回は割愛します。
完璧な下地が出来た後、いざ絵を描こうとすると、何だか折角綺麗に出来た下地を汚す様な感覚に襲われ、中々描き出す事が出来ません。この感覚は、一度でも下地をちゃんと作った人なら、きっと分かってもらえると思います。

勇気を振り絞って描き始めると、今度は画面がツルツルなので、画面の上を筆が滑る様な感覚に違和感を覚えます。筆跡は激しく残り、作品が完成する頃には、最初に想像していたビジョンなど脆くも崩れ去っています。完璧な下地が出来ればできる程、そのショックの大きさは計り知れないものになってしまいます。

ルネサンスの頃の画家は、白くてツルツルの下地の上に絵を描いていました。イタリアでは石膏地、ドイツやフランドルでは、白亜地が使われています。絵の具は豪快に盛り上げるのではなく、女性がお化粧を施す様に薄く丁寧に扱って行きます。
よく考えれば、そんなストイックで繊細な作業、僕に向いている訳がありません(笑)。

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ヤン・ファン・エイク作「ルッカの聖母」 板に油彩

暗部には透明な絵の具を何回も塗り重ね、重層化された絵の具で次第に厚塗りになって行きます。明部は下地の白を透かせていくところと、白を混ぜた絵の具を不透明に乗せるところを作ります。
受胎告知X線
ダ・ヴィンチの受胎告知(部分)右は同じ絵のX線写真。
以前もこのブログに書きましたが、シルバーホワイトは鉛を主成分にしているので、X線を通しません。白く映っているところがホワイトを足しているところになります。意外と大胆に描いていますね。こんなに大胆に描いていながら、仕上がりが滑らかなのは本当に信じられません。
※ところどころ横に入っている線は、木目と思われます。

今皆さんが描いている支持体はキャンバスなので、下地をツルツルにして描くのには向いていません。白亜地や石膏地は硬くて脆い性質があるので、弾力のあるキャンバスの上に施すと、ひび割れはまず避けられません。下地をツルツルにするには、実は板の方が向いているのです。
キャンバスにはキャンバスの良さがあり、キャンバスの弾力や布の織目を利用して描く方が、効果的で自然な行為だと思っています。

バルールについて

こんにちは。油絵科の関口です。
さて、皆さんはバルールという言葉の意味を理解しているでしょうか?
え?バルールなんて聞いた事もない?油絵科では既に死語になりつつある言葉なんでしょうかね…。僕も年に1?2回言う程度ですからね。でも絵を描く上でとても大切な概念なんですよ。

バルールという言葉を調べると、必ず「色価(しきか)」という言葉が書かれていますが、日本語に訳されたこの言葉を見て「なるほど、意味が分かった!」という人は殆どいないのでは無いでしょうか?この文字を初めて見た人の多くは「色価?何それ?」となる事は間違いありません。誰が最初に訳したのか分かりませんが、もう少し分かりやすい(伝わりやすい)言葉は無かったのでしょうか?と考えてしまいます。

この言葉を理解する上で、よく例に出されるのは、ボナールの作品です。ボナールの絵を白黒画像に変換すると、まるでデッサンのようにちゃんと明度が合っていて、空間的にも全く違和感を感じません。bonnard1at-sea-1924

あと、マティスの「緑の筋のある婦人」もバルールの話になるとよく出てきますね。自分にとっては、もう見慣れてしまってよく分からなくなってしまいましたが、初めて見た人は顔の真ん中にある緑色の筋が気になるようです。

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要するに、バルールとは、色彩(有彩色)を明度で置き換えた価(=値・あたい)が、画面上で相対的に正しく表現されており、それが画面の空間に正しく収まっているのか?を問う言葉として、一般的に使われているようです。

 

ちなみに英語で明度の事をvalueという事があります。
実際にアクリル絵の具・リキテックスのラベルには、その色のVALUEの数字が割り振られています。例えばチタニウムホワイト(一番明るい色)にはVALUE:9.6という数字が、マースブラック(一番暗い色)にはVALUE:1.5という数字が書き込まれています。?Ê?^ 4

全ての色に数字が割り振られているので、色を選ぶ時にどちらが明るくて、どちらが暗いかを数字で判断できます。(リキテックスでは数字が大きい程明るい)

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上の絵具をパレット上に出したもの。左側が明るいのが分かりますね。

なので、リキテックスに関してはこの数値を気にして色を混ぜていけば、理論上正確な明度で絵が描ける事になりますね。例えば、同じ数字同士の色を混ぜれば、同明度で色相を変えたり、彩度を落とす事が可能です。リキテックスを使っている人は試してみてはいかがでしょうか。
リキテックスのVALUEは数値化されているので、音楽でいう絶対音感みたいな感覚なのかもしれませんね。

 

さて、もう一度バルールの話に戻します。
何故日本ではバルールという言葉を「明度」と訳さなかったのでしょう?
確かにバルールは狭義では、明度と空間的な位置関係の事を指します。では明度が合っていて、彩度や色相が合っていない場合はどうでしょう?

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パソコン上で彩度や色相を変えてみると、分かりやすいですね。明らかに色が飛んでいたり、鑑賞者に変な印象や違和感を与えてしまいます。これではバルールが合っているとは言えません。

つまり、バルールとは色の三要素である「明度、彩度、色相」と絵画上の空間の関係が正しく表されているか?を指す用語なのです。 え?やっぱり分かりにくい?・・・これ以上簡単に説明できなくて、申し訳ありません。

では、仮に画面上で色が飛んでいたとしても、他の方法でその色を空間的に収める事が出来たとしたら、バルールは合っている、という事にならないでしょうか?
・・・こんな事を考えていくと、まだまだバルールという言葉を死語にしてしまう訳にはいかないですね。

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最後に宣伝です。10月19日(月)?29日(木)に銀座のギャラリー和田で、個展を開催致します。
お時間のある方は是非見に来て下さい。

自画像クイズ

こんにちは。油絵科の関口です。
さて、新宿校では9月の2?3週目に掛けて、科の垣根を越えて、全科合同コンクールを行いました。実施された日はバラバラですが、B3サイズ縦構図限定の二日描き。課題は「わたしを描きなさい」鏡の使用は自由、というもの。油絵科の学生にとっては普通の課題ですが、他の科の学生にとっては難しい課題だったかもしれませんね。
実直に鏡を見て描いた、いわゆる「自画像」として魅力的な作品や、面白い発想の作品など、色んなものがあり、審査していて楽しかったです。
各階の廊下には、上位作品が貼り出されていますので、興味のある人は、色んなフロアを訪れてみて下さい。残念ながら今回上位に選ばれなかった人も、勿論この結果が全てではありませんので、今後のバネにしてもらえたら…と思います。

 

コンクールはさて置き、今日は自画像に焦点を当ててみたいと思います。
自画像と言っても色んな解釈があると思いますが、狭義には「自分自身を描いた肖像画」という事になります。

様々な画家が自画像を描いています。さあ、誰が描いた自画像か分かるでしょうか?

自画像1自画像2自画像3自画像4自画像5自画像6

割とメジャーな画家ばかりですが、これが全部分かった人は、よく勉強している人だと思います。
こうやってみると、本当に個性的で色んな自画像がありますね。答え合わせは一番下です。

自画像7自画像8自画像9自画像10自画像11自画像12

どうでしたか?「ん?、何か見た事がある」「これなら知ってる!」という絵もあったと思いますが、もし半分も分からなかった人は、もっと色んな作品を見た方が良いと思います。絵の勉強は、描く事と同じくらい、絵を見る事が大切ですから・・・。

答え
1.ドラクロワ、2.ハウズナー、3.ピカソ、4.フリーダ・カーロ、5.北斎、6.フロイド、7.ベーコン、8.ベックリン、9.ボナール、10.ヤンセン、11.マティス、12.モンドリアン、13.ラファエロ、14.ルーベンス、15.ルソー、16.レオナルド・ダ・ヴィンチ、17.ウォーホル、18.モディリアーニ、19.アンソール、20.エル・グレコ、21.カラヴァッジョ、22.デ・キリコ、23.クレメンテ、24.ゴーギャン、25.ゴッホ、26.ゴヤ、27.コロー、28.シーレ、29.ダリ、30.セザンヌ、31.シャルダン、32.ティツィアーノ、33.レンブラント、34.松本竣介、35.靉光

 

油絵の具の色について(黄色編)

こんにちは。油絵科の関口です。

皆さんは黄色い絵と言って、まず思い浮かぶのはゴッホのひまわりでしょうか?今日はもう少し古い時代の黄色について、お話しようと思います。
ひまわり
ゴッホ「ひまわり」1989年

 

彩度の高い赤や青は、ルネサンスの油絵の中に用いられていましたが、当時の油絵をよく見ると、黄色で鮮やかなものは殆ど見受けられません。黄色の代わりに金箔を使っていたのではないか?と思われます。
当時の黄色は、イエローオーカーやローシェンナという黄土色が主体で、文字通り黄色っぽい土から作られていました。イエローオーカーの歴史は古く、世界中で古代から使われていた事が確認されています。レオナルドとラファエロ
レオナルド(左)もラファエロ(右)も鮮やかな黄色は使用していません。

 

イタリア北部のヴェネツィア派と呼ばれる人達の中には、黄色を積極的に取り入れた作品が見受けられます。この黄色はオーピメントという、硫化砒素(猛毒!)を用いている様です。この色は現在使われていません。博士たちと議論するキリスト1560
ヴェロネーゼ「博士たちと議論するキリスト」1560年

エルグレコ
若い頃にヴェネツィア派で修行した、エル・グレコも黄色を積極的に使っています。※ 調べてみましたが、使用顔料は分かりませんでした。

 

比較的鮮やかな黄色が絵の中で使われる様になったのは、17世紀に入ってからになります。中でも人々の印象に残るのはフェルメールではないでしょうか。
古い文献を読むと、フェルメールの黄色にはマシコットという、鉛から作られたものも使われていた…というものが見受けられます。しかし実際は鉛錫黄(Lead?Tin?Yellow)という色だった様です。この色も現在は使われていません。手紙を書く女1665 - 1666
フェルメール「手紙を書く女」1665?66年

 

 

さて冒頭に書いた、ゴッホのひまわりですが、ゴッホの黄色は、クロムイエローだったと伝えられています。クロムイエローは安価ですが、耐候性が悪く、黒変する上にクロム酸鉛を使用しているので毒性が強い…という何とも厄介な色です。独特な重みがあって、綺麗な色なんですが、変色してしまうのが何とも残念です。
現在使われている不透明色の黄色で最も優れているのは、カドミウムイエローだと思います。カドミウムイエローも毒性はありますが、無機顔料で不透明な黄色には殆ど毒性があり、代替する顔料は見つかっていない様です。

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ルドン「昼」1910年  フォンフロワド修道院図書室壁画

明るくて華やかな色なのに、毒がある。・・・油絵具の黄色とは、実はそんな色なのです。

油絵科以外も必見かも?測り棒の落とし穴

こんにちは、油絵科昼間部講師の仲間です。
「この前初めて気付きました。」と海老澤先生が嬉しそうにしていました。
「固定観念は恐ろしいものです。」あれ?いつも言ってることだよなと思いつつ聞いてみると、とても面白い話でしたのでブログのネタに使わせてもらいます。(本人はめんどうくさがってなかなかブログを書いてくれないので代わりに私が投稿させていただきます。;;)

以下海老澤先生談

デッサンで長さを測るとき、スポークを使うことがありますよね。上級者になると殆ど使いませんが……。
腕を曲げて測っていると、その都度ごとに距離が違うので正確には測れませんよね。ですから先生に「腕をしっかりと伸ばして測りましょう。」と、言われます。そのようにどこでも教えていると思います。石膏像でも頭の大きさが、体に比べて何頭身あるか測る場合があります。また頭部の横幅と下部の横幅を比べる場合などもあります。

それを信じると形が大きく狂うことを発見しました。

普段は同じ長さの(若くはそうだと思っている)物を測りませんよね、たまたま木炭紙を目線と直角にしようと思い、上下にパースがつかないように木炭紙の上と下の辺の幅を測りました。しかし、どう見ても直角になっていない。そのようなことがあり、アトリエ内の棚を使って確認してみました。中央の線を目線の高さに合わせ、上下の辺の幅にパースをつけないようにしてスポークで測ってみたところ、底辺の幅はものの大きさ、距離によって違いますが1割2割くらいと長くなります。これではおおよそのあたりにもなりません。

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そこでよく考えたら腕の回転軸の肩は眼よりかなり下にあることにより、下部を測るとき、腕を伸ばして安定した状態で測っても、眼からの距離がじょうぶの時よりかなり長くなります。
この計測方法ですと、下部の形が大きめに狂うことになります。その当たり前のことに今更ながら気付きました。

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因に、デスケルは見上げの時と見下げの時はパースが付き、糸で吊るされた5円玉では両脇の垂直線と一致しません。学生の頃からデッサンの基本でよく言われている計測方法は見上げ見下げの場合は違うと分かっていました。
しかしスポークの長さの比例関係の計測がまったく正確ではないとは……。
要するに、形を計ったから正確なはずだという思い込みが形を狂わせます。自分の目を鍛えて固定観念、先入観、錯覚に騙されないようデッサン力をつけて下さい。
以上海老澤先生談

とのことです。いかがでしたか、私は驚いてしまいスポークでズレを測る?ことがちょっとしたブームになりました。

それでは夏期講習も間もなく終わりとなりますが、充実した夏は過ごせたでしょうか?講習会参加者は短い期間ながらも着実に力をつけていく様子が目に見えて刺激的です。25日からは2学期までお休みがありますね。ゆっくりと体を休めてください。

それでは新学期もシンビでお待ちしております。