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藤田嗣治について(線描編)

こんにちは。油絵科の関口です。
とうとう夏期講習会が終わりましたね。怒涛のごとく色んな課題が押し寄せてきて、あっと言う間に過ぎ去ってしまった…という人も多いのではないでしょうか?中々うまくいかなかった…という人もいるとは思いますが、この講習会で勉強したことは、後で必ず効いてくると思いますよ。

さて前回に引き続き、藤田嗣治について書こうと思います。今回は線描編です。


まず本物を見て思ったのは、この線は「油絵具では引けない」ということです。油絵具は粘度が高いため、筆からスルッと絵の具が降りてくれません。それならテレピンで薄めれば…と思うかもしれませんが、そうすると線が滲んでしまう可能性が高いのです。

そこで登場するのが墨汁の存在。よく作品にも登場しますが、彼は墨を硯で摺って描いているようです。この墨という素材は、非常に粒子が細かく、水の中に細かく分散しているので、筆を伝ってスルスルと線が引けるという仕組みです。
あと、線を引く上で大切なものとして絶対に欠かせないのは、やはり「筆」ですね。藤田は猫を飼っていたので、猫のヒゲを集めて筆を作っていた…とかいう伝説が残っていますが、どうやら筆は日本のものを取り寄せていたようです。
今でもそのお店は九段下にあるようです。平安堂という書道の筆を扱っているお店だそうです。
ウインドウに飾ってあるデカイ筆、ちょっと使ってみたいな…。片手では持てないかも。


ところでこの写真で見る限り、藤田はかなり長い面相筆を使っていますよね。2.5cm位はありそうです。この面相筆というのは、本来は「面」つまり顔を描くための筆なんです。本来の目的を考えると、ここまでの長さは必要ありませんが、藤田はかなり長い線を引くので、それなりの毛の長さが必要だったと考えられます。今現在手に入る筆で、こんなに長いのはほとんど無いと思います。特注品だったのか、当時はこういう筆を作っていたのかは分かりませんが、この筆は藤田の絵には無くてはならない存在だったと思います。毛はコシのあるイタチでしょうかね?長いから複数の動物の混毛かもしれません。

ではこの筆さえあれば藤田の様な線が引けるのか?と言えば、そうは簡単にいきません。時々生徒から「ペンで引いた様な線が引きたい」と言われることがあるのですが、それを実現するにはちょっと技術が要りますね。
抑揚のない硬質な線というのは、昔から日本にも存在します。それは鉄線描(てっせんびょう)と言われるものです。線を引くスピードを一定にして、太さもほとんど変わらぬ様に引かなくてはいけません。

この紫式部絵巻に出てくる線描は「鉄線描」と言っても良いと思います。他にも仏画などにもよく見られます。


反対に鳥獣戯画の線描には抑揚がありますよね。墨を使って線を引いたら、大抵はこういう抑揚が出来ると思って下さい。ただこの抑揚のコントロール、というのは非常?に難しいんですけどね…。


さて、藤田の制作している写真を見ると、筆を立てているのが分かりますよね。実はこの持ち方が大切で、指先を動かさない様にして筆を固定し、肘と肩を使って線を引いている、と考えられます。恐らく手の付け根にある豆状骨という部分を画面に滑らせながら線を引いているのではないでしょうか?実際その辺を意識して描くと、かなり藤田の線に近づけますよ。

あと、これは僕の個人的な見解ですが、藤田が全ての作品を面相筆で絵を描いていた…とは思っていません。恐らく大々的にペンを使って描いていた作品もあるのではないか?と。根拠は色々とありますが、今回の展示をジックリと観察した結果、そう思いました。僕が確信を持てたのは数枚ですが。
このブログを読んだ後、展覧会を見てペンの痕跡を見つけたられた人は、是非声をかけて下さい。ではでは。