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ホワイトについて④ チタニウムホワイト編

こんにちは。油絵科の関口です。油絵科の皆さんは芸大一次試験の発表も終わり、残りは二次素描と絵画ですね。一次試験を通った人は、最後まで諦めずに頑張って下さい。

 
さて以前シルバーホワイトやジンクホワイトについて書きましたが、今回はチタニウムホワイトについてです。
海外では既に殆どシルバーホワイトを生産していない為、チタニウムホワイトを使っている現代作家は結構多い気がします。2月に品川にある原美術館にミヒャエル・ボレマンス展を見に行きましたが、ボレマンスは恐らく白はチタニウムホワイトを使っているのではないか?と思いました。(あくまで推測なので、違っていたらゴメンなさい)mask(部分)
チタニウムホワイトの特徴を紹介しながら、後半ではまたボレマンス展について書こうと思います。
ボレマンス展

 

チタニウムホワイトの歴史

チタニウムホワイトの歴史は浅く、使われ始めてからまだ100年経っていません。顔料には酸化チタンが使われています。化学的に安定しており、混色制限や毒性も無い為、20世紀の半ばから急速に普及してきました。油絵具としてだけでなく、水溶性の絵具(主にアクリル絵具)のホワイトとしても使われるようになります。
アクリル絵具の他にも、水彩絵具、ガッシュ、ペンキ…など幅広く使われています。アクリルのジェッソも顔料は大抵チタニウムホワイトです。酸性にもアルカリ性にも強く、現代ではテンペラ画、フレスコ画にもホワイトとしても用いられています。

チタニウムホワイトの特徴

チタニウムホワイトの特徴としてまず挙げられるのは、隠蔽力(下の色を覆い隠す力)の強さでしょう。少量でも下の絵具を覆い隠す事が出来るので、何らかの理由で下の層を覆い隠したい場合には便利です。
他にも着色力が非常に強い事でも知られています。ホワイトの中でも一番白の利きが強く、他の色と混ぜた時に少量で白っぽくなります。
この性質は便利な反面、不便なところも生じてしまいます。上に挙げた二つの理由から、絵具は少量で事足ります。なので絵具を厚く乗せるのが難しいのです。経済的と言えば聞こえは良いかもしれませんが、油絵らしい魅力が半減してしまうのも事実です。よく生徒にホワイトは何を使っているのか聞きますが、チタニウムホワイトを使っている人は大抵薄塗りです。

白の色味としてはやや暖色になりますが、描かれた絵具の表情は無機的で冷たく感じる事が多いです。
粘度や質感は淡白で、シルバーホワイトのような、筆から伝わってくる抵抗感や、引きずるような粘り気は殆ど感じません。そのせいかチタニウムホワイトを使っている人はブタ毛の筆ではなく、柔らかい毛の筆を使っている人が多い様に思います。いわゆる油絵らしさよりもキッチリとした仕事をしたい、という人には良いのかもしれませんね。
他に特徴として挙げられるのは、乾燥速度が遅い事です。シルバーホワイトが1?3日に対してチタニウムホワイトは1週間程度と言われています。もちろん絵具の厚みや気温によって、乾燥速度は変わってきますが…。

あと、シルバーホワイトやジンクホワイトとは反対に経年変化で徐々に白っぽくなる、(他の色を喰う)という特徴もあるようです。
まだ歴史の浅い色なので、どれ位の変化があるのかは分かりませんが、20世紀中頃?後半にチタニウムホワイトで描かれた作品を継続的に観察して行く必要があります。
しかし、シルバーホワイトが絶滅の危機に晒されている現状を考えると、今世紀に描かれる作品の白は殆どチタニウムホワイト(をベースにした白)になって行く可能性があります。

 
さて、最初に書いたボレマンス展に話を戻します。この展覧会は柵が設置されていない為、かなり近くまで接近して見る事が出来ます。一見すると古典的な技法にも見えますが、端々に現代絵画特有のテイストを感じます。dragonplant(部分)
↑上がボレマンスの作品のディテール(部分)
↓下は影響が指摘されるマネの作品の一部(使用しているのはシルバーホワイト)olympia1
違いが分かるでしょうか?

ボレマンスの作品は近くで見れば見るほど、チタニウムホワイトを使って描いている感じがしました。扱いの難しいホワイトですが、彼はそれをコントロールする技術をしっかりと身につけていると思います。
あと、よ?く見ると画面にはテンかリスなどの毛が付着している作品もありますので、ブタ毛ではなく、柔らかい毛の筆を使って描いているのが分かります。それに額装をしていないので、側面にはみ出した絵の具を見ると絵のプロセスが想像出来ます。画面にはツヤも殆どありません。皆さんにはあまりお勧め出来ませんが、揮発性油(テレピンやペトロールなど)を多用している事が伺えます。初期の作品にはシッカチーフを過度に使用した形跡(暗部にシッカチーフ特有のちりめん皺が寄っている)も見受けられます。まだ見ていない人は、その辺にも注目して見ると、一味違った楽しみ方ができると思います。流石にここ迄くるとちょっとマニアック過ぎますが、ベネディクト・カンバーバッジ演じるシャーロックにでもなったつもりで、お楽しみ下さい(笑)。

 
ミヒャエル・ボレマンス展は、原美術館にて3月30日まで開催しています。日本ではあまり紹介される事の少ないベルギー出身の現代作家です。入試が終わって一息ついたら、是非見に行ってみて下さい。

原美術館
〒140-0001  東京都品川区北品川4?7?25

メンタルの奥義

こんにちは。油絵科の関口です。

いよいよ明日は芸大油画専攻の一次試験ですね。一体何が出題されるんでしょうね?油絵科の皆さんは不安でソワソワしているのではないかと思います。中にはプレッシャーで気持ち悪くなったり、よく眠れない…という人も多いのではないでしょうか?
今日はそんな人に即効性のある、オススメなリラックス方法を教えようと思います。

猫

やり方はチョー簡単。ズバリ深呼吸です。
深呼吸と言っても少しコツがあります。吸う行為を3秒以内で短く。吐く行為を10秒以上かけてゆっくりフ???ッと口から吐き出す。これを何回か繰り返すと、あら不思議。少し気持ちが落ち着いてきます。これぞメンタルの奥義!ホッと一息ならぬ、フ〜〜〜ッと一息。これは医学的にも証明されているのだそうです。吸う行為は「興奮する」交感神経、吐く行為行為は「リラックスする」副交感神経と関係しています。ですからゆっくり吐き出す事に意識を置いて深呼吸してみましょう。

美ヶ原

因みに、試験で頭が真っ白になってしまう人にも、この呼吸法は効果的です。
人間は普段は理性というストッパーが力をセーブしています。思いっきり力を込めても30%程度の力しか出せないのだそうです。(それ以上の力が出ると、自分自身が怪我をしてしまうリスクが高くなります)
ところが追い込まれて脳が異常なほど興奮すると、アドレナリンという物質がドバドバ分泌されます。このアドレナリンが凄い勢いで分泌され続けると、理性というストッパーを外して「頭が真っ白になる」という状態になるのです。そういう時、人間はいわゆる「火事場のクソ力」という特殊な能力を発揮出来るようになります。この火事場のクソ力というのは、生死に関わる程の極限まで追い込まれた時にパワーが全開まで出せる様になりますが、残念ながら筋力的なパワーしか出せません。この時は理性が働いてくれないので、まともな判断等は出来なくなり、当然そんな状態では絵など描けなくなるのです。

もしも試験中にそんな事態に陥りそうになったら、まずは深呼吸。少し音を立てても構わないので、フ〜〜〜ッとゆっくりを息を吐き出してみましょう。吐く行為をゆっくりと行う事でアドレナリンの分泌が抑えられ、冷静な判断が下せる様になります。

御苑

実際ロシア軍の特殊部隊が、この呼吸法に近いやり方を使って、怒りを鎮めるメソッドを開発しているそうです。「銃弾が飛び交う中、自分の感情をコントロールし、冷静でいられる技術」との事。何だかスゴイですよね。
実戦でも使われているくらいですから、皆もやってみる価値はあるのでは?

芝桜
それでは健闘を祈ります。

ホワイトについて③ ジンクホワイト編

こんにちは。油絵科の関口です。
2月に入って何回か雪が降りましたね。電車が動かなかったり、靴がびしょ濡れになったり、入試と重なったり・・・大変な思いをした人も多かったのではないでしょうか?
実は油絵具にはこの雪を表すのに適したホワイトがあるんですよ。知っていましたか?
今回は雪を表現するのに適しているという、ジンクホワイトについて書こうと思います。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
これは僕の生まれ故郷、新潟県の雪景色。晴れるととても奇麗です。(2005年撮影)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
でも実際に暮らしてみると奇麗なんて言っていられません。何せ3mも積もる豪雪地帯です。

 

ジンクホワイトについて
ジンクホワイトは比較的歴史の浅い色で、18世紀後半に初めて作られました。絵具としては19世紀に使われている例もあるようです。
ジンクホワイトは日本語では亜鉛華(あえんか)と言います。化学的には酸化亜鉛の事を指します。そういえば、最近では油絵具だけでなく、アクリル絵具でもジンクホワイトを出しているメーカーさんもありますね。実際これを読んでいる皆さんの中にも、使った事がある人もいるのではないでしょうか?

 

ジンクホワイトの特徴
ジンクホワイトは、青味のある寒色系の白として知られています。人間の目には青味がある白をより白く感じるという習性があるので、色としては純白に近いイメージになります。この為、雪を表すのに適しているホワイトという事になります。(ちなみに油絵具メーカーのマツダでは、寒色系のグレーはほぼ100%ジンクホワイトと混色されています)
反面、ホワイトの中では一番着色力と隠蔽力が弱く、他の色と混ぜた時には効きが悪く、時間が経つと更に色が食われていく傾向にある様です。他の白と比べると若干透明感があり「あなたの色に染まります…」的な奥ゆかしい女性の様な(笑)、日本的で優しい白と言っても良いかもしれません。
シルバーホワイトとは違い、毒性も無く、どの色と混ぜても化学変化を起こさないので、混色制限もありません。

亀裂、剥落という問題
日本では、ジンクホワイトは素晴らしい絵具として一時期脚光を浴びた事があります。初心者の絵具セットには必ずと言って良いほどジンクホワイトが入っていた時代がある位です。
しかし、ジンクホワイトには他のホワイトにはない大きな欠点がありました。それが絵具の亀裂と剥落です。優しい素振りをして、とんでもない一撃を喰らわす、恐ろしい一面を持っているんです。この辺もやはり女性的です(笑)。いえいえ、決してこのブログを読んでいる貴女の事ではありませんから(笑)。

油絵具のジンクホワイトは、乾燥の過程で油と反応し、金属石鹸というものを形成します。乾燥後も金属石鹸は作り続けられるため、その分の体積が増え、固まった絵具がヒビ割れ、終いにはジンクホワイトの層から根こそぎゴッソリと剥落してしまう、というのです。
もう一つはあまり知られていない事実ですが、ジンクホワイトは乾燥の過程で薄いガラス状の膜を形成し、その上から乗せた絵具が滑ったり、その層から剥がれやすいという事が判明しています。
要するに下の層には適していないという事です。
特に厚塗りをしてしまった場合は、剥落のリスクが高くなります。
よってジンクホワイトは「一番上の層に使う」「厚塗りをしない」「寒色系の色と混ぜる時に使う」というのが正しい使い方だと思います。

今では毛嫌いしている作家さんも多く「ジンクは使わない方が良い」と言っている方もいる様です。多分痛い目に遭ったんでしょうね?実際はそんなに酷い絵の具という事ではありませんが、扱いの難しい色なので、気持ちは分からないでもありません。

 

雪を描いた画家
新潟県出身で富岡惣一郎(1922?1994)という画家がいます。その方は雪を表現するのにどうしてもジンクホワイトを使いたくて、独自に改良しヒビ割れや黄変の無い、美しいジンクホワイトを作ったそうです。

20140214202701-0001富岡惣一郎 1976年制作 「妙高山A」

 

どうやってその絵の具を作ったのかはわかりませんが、雪の冷たさを出すのに徹底的にジンクホワイトに拘った様です。ヒビ割れないようにするための苦労は、恐らく並大抵の事では無かったと思います。シンプルで美しく、独自の世界を築き上げたそのホワイトには「トミオカホワイト」という名前が付けられています。20140214203108-0001富岡惣一郎 1984年制作 「信濃川-卯の木D」

 

更に、絵具を厚塗りして冷たい雪の表情を描く為、特大のペインティングナイフも日本刀の刀鍛冶に特注したと言われています。また、後に富岡さんは「取材には雪上車、漁船、モーターボート、船、セスナ機、ヘリコプターを惜しみなく使った」と語っています。ハイアングルの絵は、ヘリかセスナで取材したものなんでしょうね。

20140214202602-0001富岡惣一郎 1981年制作 「雪山並みB」

富岡惣一郎4
富岡惣一郎? 1976年制作 「北アルプス槍ヶ岳A」

僕も同じ雪国・新潟県出身者として、10年ほど前に南魚沼にある富岡惣一郎さんの美術館「トミオカホワイト美術館」を訪れ、白銀の世界に感銘を受けた事があります。
皆さんも新潟県を訪れた際には、是非一度トミオカホワイト美術館へ行ってみて下さい。ちょっと不便な所にありますが、行ってみる価値はあると思いますよ。

トミオカホワイト美術館
〒949-7124 新潟県南魚沼市上薬師堂142
TEL/ 025-775-3646

 

同級生について(森元さん)

こんにちは。油絵科の関口です。土曜日は造形大の油絵の試験でしたが、雪で大変でしたね。今日は多摩美油画専攻のデッサン試験です。受験生の皆さん、体調にはくれぐれも気を付けて頑張ってきて下さい。
さて以前ライバルについて、このブログで書きましたが、今日は同級生について書こうと思います。

今迄このブログでは登場してきませんでしたが、③クラスの森元先生の事を書こうと思います。森元先生と僕は、実は芸大の同級生です。僕等は1994年に卒業していますから、今日の内容は今から20年以上前のお話になります。
古美研2
これは古美研での一コマ。場所は多分正倉院だと思います。僕も森元先生も一緒に写っていますが、分かりますか?

森元さんは北海道の旭川がご出身で、武蔵美の短大を卒業された後、暫く実家のラーメン屋さんを手伝っていたそうです。
稼業を手伝う中「もう一度だけ芸大受験をしよう」と思い立った彼は、その時は大した対策もせず、見事に芸大に合格したそうです。それまでの努力の積み重ねとは言え、スゴいですね。
大学で初めて知り合った時、同じ新美出身という事を教えてもらいました。僕より6つ歳上で、同じ学年の中で最年長ですが、決して威張る事も無く、気さくで話しやすい人でしたので、皆から兄貴のように慕われていた様に思います。

3年生の時は古美術研究旅行(略して古美研と呼んでいます)で同じ班になり、奈良の宿泊施設近くにある池で「河童を見た」と大騒ぎしたり(笑)、皆で行ったカラオケ屋の入り口で、タレントの伊東四朗さんに遭遇し、盛り上がった事もありました。ちなみに、森元さんは歌が凄く上手で、マイクを持ったらプロ並みの歌声を披露してくれました。
古美研1
古美研の自由時間に河童を捜索している一コマ。

森元さん1
学生時代の森元さん。若いですね。これも古美研での一コマです。隣は女装した同級生。

森元さん2
一体何をやっているのでしょうね(笑)?
皆はこんなお茶目な森元先生は見た事ないでしょう。
他にもここに書くのが憚られる様な楽しい思い出は沢山ありますが、今では立派な先生ですので、これ以上はイメージを壊さない方が良いのかな?

大学院を修了した後、彼は坂田先生の研究室の助手になりました。僕は油画技法材料研究室というところに所属し、油画の研究室とはかなり離れた場所で制作していたので、残念ながら大学院の頃の事は殆ど知りません。
助手の任期を終えて、新美の油絵科講師として手伝ってもらう事になりました。暫くぶりに会った森元さんは、学生時代の頃の彼とは一味も二味も違いました。元々人望のある人でしたが、更にドッシリと構え、揺るぎのない信念を感じさせる、そんな強さを携えたスケールの大きな人だと感じました。その頃から、僕の中では「森元さん」から「森元先生」へと呼び方も変わって行きました。
後に2年間、森元先生とパートナーとして組ませてもらった事があります。オーソドックスなデッサンをベースに、真摯で理論的な画面に対する考え方は、一緒に組んでいた当時、たいへん勉強になりました。

そう言えば、一緒に組んでいる頃、二回程ご自宅にお邪魔した事もあります。クラスの打ち上げで、皆でバーベキューとか、川で遊んだり…あれからもう12年近くになります。月日が経つのは早いものですね。
同級生、森元國文さんとの思い出は、楽しい事が沢山詰まっています。…何かこれでお別れの様な書き方になってしまっていますが、決してそういう訳ではありません。森元さん、公私ともにこれからも宜しくお願い致します?

ホワイトについて② シルバーホワイト編

こんにちは、油絵科の関口です。
いよいよ私立美大の受験が始まりましたね。油絵科は武蔵野美術大学の試験日です。受験生の皆さんは緊張していると思いますが、本番でもリラックスして、楽しく描いてきてもらいたいと思います。
あと、芸大を受ける皆さんは、もう願書を出しましたか?私大の対策に追われて、出し忘れない様に気を付けて下さいね。

 

さて今日は前回に引き続き、ホワイトについて書きたいと思います。今回はシルバーホワイトについてです。
シルバーと言っても銀が入っている訳ではありません。化学的には、塩基性炭酸鉛といい、鉛から作られています。鉛には毒性があり、重さも他の絵具と比べるとかなり重いです。和名では鉛白と呼ばれています。日本では昔から白粉(おしろい)として使われていました。どう考えても肌には悪そうですけどね。
かつて海外では、フレークホワイトとか、クレムニッツホワイトという名称の絵具はシルバーホワイトの事を指しました。(現在同じ名前で売られている絵具はシルバーホワイトではないようです)鉛を使っているのでレドホワイトと言われる事もありますが、赤のレッドと混同され易いので、あまり一般的ではありません。(芸大とホルベインが共同開発した「油一(ゆいち)」のシルバーホワイトはレドホワイトという名前を採用しているようです)

ホワイトの中では一番乾燥が早く、厚さにもよりますが夏場で1?2日、冬場でも(気温によりますが)3?5日で乾く、とされています。
混ぜた時の白の強さや隠蔽力(下を覆い隠す力)は中位で、強過ぎず、弱過ぎず。色味は若干暖かみがあります。レンブラント拡大
レンブラントの「水浴する女」の拡大。
シルバーホワイトを大胆に使い、画面に力強さを与えています。不透明にも半透明にも使えるのがシルバーホワイトの利点です。画面上での混色も美しく、油絵らしい見事な仕上がりになっています。

 

用途としては下層の厚塗り、不透明層の形成、上層の描画などオールマイティーに使えます。厚塗りをした時の質感は「まるで陶器のような」と評されることもあり、非常に美しく、他の絵の具では作る事は出来ない表情だと思います。あと、糸を引く様な粘りがあるのもシルバーホワイトの特徴の一つです。モネ拡大
モネの「睡蓮」の連作の拡大。シルバーホワイトらしく、糸を引いているのが分かります。
乾燥後は若干黄ばむ(数ヶ月で少し黄色くなってきます)傾向にあり、寒色系統(特に青系統)の絵を描く人は、上層は違うホワイト(ジンクなど)を使う事を検討しても良いと思います。大気中の硫化水素と反応すると黒ずむと言われていますが、今のところそういう絵には出会った事はありません。

油絵具の中では最も少ない油の量で絵具になる顔料です。機械を使ってよく混ぜると、顔料の10%程度のオイルで絵具になるそうです。

あと、他にも経年変化として、少しずつ透明になって行く事も知られています。もっとも数十年単位なので、すぐ気になるほど透明になる事はありません。自分の死後、美術館に入った後、下からの色やタッチが透けて出てくるなんて事もあるかもしれませんね。バッカスの勝利
ベラスケスの「バッカスの勝利」
背景の所にあるタッチは、描かれた当時は不透明に塗りつぶされていて見えなかったといいます。ベラスケスには筆についた余った絵の具を背景に付けて拭う癖があった、という事が知られています。

シルバーホワイトはアルカリには弱く、フレスコ画(アルカリ性)には向いていません。テンペラ画(酸性)には使用出来ますが、水と混ぜるのが難しい(ダマになり易い)ので、テンペラに使う時には工夫が必要です。(専門家の話では卵白と混ぜると、簡単にペースト状になるそうです。卵白と混ぜた後に水と混ぜるとダマになりにくいとのこと。卵黄と混ぜると、どうしても黄色味掛かってしまいます)

毒性については、顔料のまま使用しなければ特に気にする必要は無いと思います。ただ、サンドペーパーをかける場合も粉になるので、防塵用マスクをするなどして気を付けた方が良いと思います。あと、ケガをしていたら傷口には入らない様に工夫した方が良いですね。ちなみに食べた場合の致死量は、大きなチューブ2本と聞いた事がありますので、余程根性のある人以外には自殺をする用途には向かないと思います(笑)。ちなみに海外では毒性のせいか、もう生産していない国が殆どです。古代から使われてきた由緒正しい顔料だけに、個人的には絶対無くなってほしくない色です。海外がダメとなると、日本は最後の砦のようです。日本の絵の具メーカーさん、是非頑張って下さい。

他にも、シルバーホワイトは硫黄が含まれている色と混色制限がある白として知られていますが、実際には殆ど影響はありません。(シルバーホワイトとバーミリオンは混ぜてはいけない事になっていますが、古典絵画では肌色を作るのによく混ぜられています。化学反応的には黒ずむはずですが、研究者によると油絵で変色したものは一例も無いとの事。他にもウルトラマリンブルーとの混色もいけない事になっていますが、僕はよく混ぜて使っています。今迄20年以上使ってきて、全く問題無いと断言できます)

鉛はX線を通さない為、修復家や研究者は絵画の技法解析にX線を使用しシルバーホワイトの厚みを観察する為、絵にダメージを与える事なく解析する事が可能です。
レンブラントX線
レンブラントの初期作品(部分)のX線写真(右側)。
左の画像が明るいのに白く見えない所(顔の所など)は下地の白さが透けている(薄塗りである)事を示します。肘の辺りは形を直したのが分かりますね。
僕の浪人時代の恩師であるM先生は、現在ブラジルで一年の半分を生活、向こうでも制作をしています。その先生は海外でシルバーホワイトが作られていない事を知っていて、日本から缶入りのシルバーホワイトを大量に持ち出そうとしたら「爆弾と間違えられて大変だった」と言っていました(笑)。何せX線を通しませんからね。スーツケースの中にズラッと並んだシルバーホワイトは、さぞかし危険な物体に映った事でしょうね(笑)。