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日本画科便り13-日本画科レクチャー④?

日本画科です。

 

日本画科では周期的なイベント、レクチャー、デモンストレーションを行い、生徒のブラッシュアップを図っています。口頭指導、個人指導の他、”直に見て学ぶ”というそんな学びのあり方も大切にしています。10月8日~9日は、新美基礎科の佐々木講師(基礎科日本画コース担当)による着彩レクチャーを開催しました。

 

「基礎科 佐々木講師(基礎科日本画コース担当) 着彩レクチャー」

10月8日?9日 静物着彩(マルス)

◆佐々木講師デモンストレーションによるデッサン指導。

1日目

AM佐々木講師レクチャー(1時間)?着彩開始

PMデッサン描き出し(1時間)

2日目

PM講評

 

基礎科の佐々木先生による着彩レクチャーは昨年に続き2度目。基礎科から学んできた生徒にとって、自分の成長を実感できるとてもいい機会となります。逆に、そうでない生徒にとっても普段あまり関わらない講師だからこそより客観的に対峙することが出来る機会となります。

また、受験科と基礎科の連係という意味でもとても意義のあるレクチャーであると考えています。基礎科で成長してきた生徒を受験科でしっかり引き継ぐということと同時に、受験科と基礎科の指導ベクトルをしっかり合わせていくというメリットがあります。このことによって、受験科及び基礎科の生徒の学習効率を上げていくことが可能です。

本レクチャーでは、佐々木先生がデモンストレーションを行いながらモチーフの組み方、構図の考え方、着彩時のデッサンの考え方、彩色、そしてクロッキー帳の活用の仕方まで丁寧かつ徹底的にご指導いただきました。

 

13-8?←デモンストレーションをする佐々木先生。

13-7←一日目終了時、中間講評の様子。

13-5←クロッキー帳(講評ノート)の使い方、活用方法について熱心に指導する佐々木先生。

13-1←佐々木先生の完成作品。佐々木先生は現在、東京藝術大学大学院在籍。受験から6年経過してもなおこの実力を維持。なかなかいません、こんなに描ける大学院生。力作です。

13-4←講評の様子。日本画科の漆原講師(手前)と。

13-3←講評終了後の個人指導。熱心に解説いただいています。

13-2←新宿美術学院日本画科には夜間制作があります。そこでもさらに手を動かす佐々木先生!

今回のレクチャーを今後の学習に活かしていきたいと思います。佐々木先生、2日間、本当にありがとうございました。

 

最後に。

10月13日と14日には「全国公開実力コンクール」が開催されました。課題は「着彩写生」。

13-10

しかしながら、今年度はちょうど台風一過と重なり、参加者のキャンセル等もあり、例年より少ない人数でのコンクールとなりました。また、制作時間が繰り上げになるなど、受験生には大変ご迷惑をおかけ致しました。

13-11

受講した受験生は、そんな台風の荒天にもめげず、よく頑張っていたと思います。この成果を今後の学習に繋げていきましょう!

13-12

 

 

自分を計るもの。

油絵科の箱岩です。

台風一過で暑くなるどころか、かえって寒くなっていますね。関東は11月並みの寒さだそうです。受験生の皆さん、風邪などひかぬ様に着るものには注意してくださいね。

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さて、今日は我が家の全力思春期少女の悩みについて、少しお話ししたいと思います。

 

私は「才能」という言葉に対して、もの凄くアレルギーがあります。

どういう事かと申しますと、

「この子は才能が無い。」などと子供を計る先生がいます。

それは、その子に合う指導をするスキルが貴方に無いだけでは?と思います。

「好きなだけでは努力しても無駄です。」という先生がいらっしゃいます。

時間がかかっても、成果が出るまで努力したらどうなんでしょう?

「能力的に絶対無理です、趣味にとどめておいたらいかがでしょう?」なんて無難な事をいう先生がいらっしゃいます。

人類の歴史は、「無理じゃない」という強い思い込みと、弱点を補うアイディアによって作られて来ている事を否定するのですか?

世間で「才能」という言葉を使うとき、殆どの場合が逃げの理由になっていると思うのです。子供が夢を見て努力しようというときに、自分の能力やスキルを棚上げして「才能」のせいにするのは、古ぼけた権威主義の選民思想がなせる技だと思うのです。それは、自分には指導の才能が無いと宣言するようなものです。

子供達には、やりたい事をやる自由があり、頑張りたいだけ頑張る自由がある。人の能力には必ず親譲りの差があるでしょう。それは、人類の遺伝子を多様化させる生物学的な働きによる物で、優・劣どちらの個性が優位でもない。鈍感、無気力、持続性が無い子だって、その子の能力を最大限に生かしてあげれば人類初の素晴らしい業績を残すかもしれないという事です。だって偉人の多くが子供の時代は武勇伝になる程に酷いもんです(笑)

勿論、諦める自由だって保証されているのだから、疲れたらやめれば良いのだと思います。そこに「俺は才能が無い」なんて負惜しみはナンセンスだと思うんです。

つまり、何が言いたいかって?

 

一部の才能ある人間しか芸術表現はできないとしたら、それを理解できる人もごく一部の才能をお持ちの人しかいないという事になってしまいます。そんな芸術は無意味です。

芸術とは、もう一段階レベルの高い思想活動です。そこには究極や至高なんて了見の狭い基準は無く、「多様性の謳歌」が存在しています。

ですから、「才能」に縛られる事無く、各自の能力を究極的に伸ばして、多様である事を謳歌すれば良いのです。努力の仕方そのものを自分に合うよう工夫すべきなのです。

本人が好きで好きで、どうしても好きで仕方ない事を、本人が諦めてもいないのに、他の誰かにやめさせたり、諦めさせたりする権限は無いという事です。

それをなんとかしてあげようと思うのが親心です。

たとえ夢破れても、傷つく事から得るもののほうが多い。

だからこそ、全力になれる状況をつくり、そのサポートをするのが、指導者にもとめる事であると思うのです。

 

 

つい、興奮して、親馬鹿ぶりを披露してしまいました。すみません。。。

とにかく、みなさんも、自分を信じて夢中になってみて下さい。

きっと得るものは多いと思いますよ。ではまた。。

こんにちは。通信教育です。

ただいま、9月タームの作品を添削中です。

台風が続き、すっかり気温も下がって寒くなってきましたね。

夏が終わって、今年も志望校別の公開コンクールが盛んに開催される季節がやってきました!

通信教育を受けている学生のみなさまも、土・日・祝日に行なわれる公開コンクールに参加してみてはいかがでしょうか。実際に他の受験生(内部だけでなく外部生も)の作品を見られる絶好のチャンスです!毎年公開コンクールを受けた受験生から多数の方が芸大、多摩美、武蔵美への進学を決めています。

通信教育は、講師と1対1のやりとりで作品添削を行なっていきます。年間を通じて丁寧な個別講評をできるのが通信教育の良い部分ではありますが、なかなか他の受験生と一緒に課題をすることが難しいところ。できるだけ参加して、普段とは違った良い刺激を受けて頂けたらと思います。

通信教育ではこちらからお送りする課題以外にも、志望校に合わせて制作された自主課題にも講評をしています。受験生はそろそろ志望校も確定してきている頃かと思いますが、課題以外で制作した作品も是非通信の方へお送りください。

気温の変化も激しい時期ですが、風邪をひいたりしないよう、体調には気をつけて制作していきましょう?!

 

 

 

秋の校外授業

写真 1

こんにちは。工芸総合コースの松井です。写真は講師の酒井先生&トンボです…

台風も上陸…すっかり夏の余韻を吹き飛ばされてしまいましたね。

工芸科は9月の校外授業をホキ美術館にて行なってきました。各自の描写に対する目標をもっともっと高く意識してもらえればと。新宿から2時間、簡単に行ける距離ではないこともあり、ほとんどの学生が初来館。

写真 5

静物画のリアリティーにみんな衝撃を受けた様子。小さく唸り声をあげつつ、描写力に圧倒され、鑑賞終了。

このレベルを目標に掲げ頑張れば受験レベルを軽く凌駕です。

午前中で作品鑑賞を終え、午後は隣の昭和の森公園でBBQ。

写真 4

来月はもう公開コンクール!どれだけ成長できたか楽しみです

 

故郷に流れる遺伝子

こんにちは。油絵科の関口です。
今週も台風が直撃ですね。2週連続で来るのはちょっと勘弁してもらいたいものです。

 

さて、今日はこの作品から見てもらおうと思います。作者が誰か分かりますか?
ヒント:この作者はエコール・ド・パリの画家で、イタリア人です。?15歳のデッサン
これは自画像という事なんですが、顔立ちには まだあどけなさが残っています。彼がこれを描いたのは何と15歳!日本だと中学3年か高校1年の年齢ですね。しかもデッサンを勉強し始めたのが14歳の頃とか。こんなのを描き始めて1年目の子に描かれたら、周りの人は嫌になってしまいますよね?

さて、僕がこの作品を見て特に感心するのは、顔の描写力はさることながら、この身体の表現の素晴らしさです。客観的な観察力というのは、訓練である程度何とかなるものだと思っていますが、この省略の仕方やタッチの使い方は観察だけではどうにもならないものです。よくぞここで筆を止めたものだと思います。完全に脱帽です。作者は素晴らしい感性を持った子供だったんですね。

さあ、勿体ぶってしまいましたが、そろそろ答えを言いましょう。
この作品の作者は夭折の画家、モディリアーニ(1884?1920年)です。ありゃ、デッサンにサインが入っていたのでバレバレでしたね(笑)。

 

さてモディリアーニというと、目の青いこんなタイプの絵を思い浮かべる人が多いと思います。モディリアーニらしい作品

以前モディリアーニの作品を見ていると「誰かの作品に似ているな?」と漠然と思っていました。最初は誰の作品に似ているか、ハッキリと分からなかったのですが、ある時ピンと来ました。
タマゴ型の頭に流線形にデフォルメされたその身体・・・僕が結びつけたのは、前回このブログでも取り上げたボッティチェルリでした。

類似作品
どうですか?作風はかなり違いますが、横に比べると結構近い感じがしませんか?

 

ところで、僕が新美の講師を始めた頃、海老澤先生がボッティチェルリの図版を出してきて「ボッティチェルリの作品は、目の高さが段違いになってるのが多いんだけど、身体全体で見ると全く違和感を感じさせないんだよね。身体の動きに合わせて高さを変えてあるから、目の高さを合わせると、逆に凄く変になっちゃうんだよね」と教えてくれました。

ヴィーナス顔1
実際よく見てみると、かなり段違いになっているんですが、言われてみるまで全く気付きませんでした。恐らく皆さんも今まで気になった人は殆んどいないんじゃないでしょうか?
当時はパソコンなど無い時代でしたので、海老澤先生はハサミで図版を切り抜いて試したものと思われます。確かに顔だけでよ?く見ると変な気もしますが、絵全体で見ると全く違和感を感じません。

段違いの目
段違いコレクション(ボッティチェルリ編)
※前回のブログで「ボッティチェルリの作品は殆んど日本に来ない」と書きましたが、一番右の絵は東京都美術館で12月14日まで見ることができます。次に日本に来るのはいつになるか分かりませんので、興味のある方は是非見に行って下さい。ちなみにこの作品はカンバスにテンペラで描かれています。
http://www.tobikan.jp/exhibition/h26_uffizi.html

 

さて、もう一度モディリアーニの話に戻りましょう。どうですか、この段違い!ボッティチェルリに負けず劣らず、かなりずらしていますね。

段違いの目
段違いコレクション(モディリアーニ編)
気が付かなかった人も多いと思いますが、実は上の帽子をかぶった絵も、よく見るとかなりの段違いっぷりです。段違いに気付かなかった人は、もう一度スクロールして確認してみて下さい。

 

モディリアーニはイタリア人として生まれて、フランスで活躍した画家ですが、遥か故郷の画家を尊敬し、時空を超えてその遺伝子を受け継いだ…と考えると、ちょっと面白いと思いませんか?