日別アーカイブ: 2013年7月21日

先端芸術表現科のワークショップ part1

先端芸術表現科です、今回で四回目の更新です。

先端芸術表現科の入試では「個人資料ファイル」の提出があり、受験する前段階で作品集をつくれるだけの作品制作をするのが先端科の特徴ということを初回のブログでお話したと思います。
ですが新美に来る大半の生徒は作品制作未経験ですので、関心を抱いている事、表現する事へ思いを膨らませていても、作品化するには思った以上に時間がかかります。
この段階では、作品制作にある色々な要素を体験し作品の組み立てを学ぶことが必要になってくるのです。
そのため、先端芸術表現科では講師によるワークショップを年間通して約20回ほど行っています。それらはあらゆるテーマや視点に基づいてプログラムされ、生徒の作品制作の合間に割当てられています。

今回はその一つ『首像のワークショップ』の報告をしたいと思います。
ここでは自分の首から上、つまり頭部を観察して粘土で造形する彫刻制作です。

*制作風景制作風景

初めて首像を制作した生徒が「不気味に感じる」と話していたのが印象的だったので、ここで少し余談です。
日本人が初めてみたとされる「首像」は、江戸幕府からアメリカに派遣された使節団、村垣淡路主範正(むらがきあわじのかみのりまさ)がホワイトハウス内の肖像彫刻を我国の刑罰場の様だと表現したことから明らかになっています。肖像彫刻の存在を知らない者にとって打ち首を連想させたことは無理もないかもしれません。
ちなみに彫刻という言葉は明治に入ってから日本に導入されるのですが、当初は「彫り刻む」という手法として受けとられていました。そんなことから、東京美術学校を卒業してまもない大村西崖は粘土を使った塑造を含めれば彫刻ではなく彫塑と呼ぶのが適当であると主張したことからも明らかになっています。その後「彫刻」は新造語というかたちで解釈されるようになり、今日のような三次元の立体造形物という広い意味で使われているのです。

戻りまして、今回の首像のワークショップについて

手法としては先に出た「塑造」といえると思いますが、先端芸術表現科では首像をつくるための塑造を学ぶというよりも、制作プロセスにみる彫刻的やりとりに触れることを目的としています。
この授業では首像制作及びその作品を写真に撮るというもの。そしてこの造形と撮影を授業外の自習時間を含め二週間弱の間繰り返しおこないます。
このように作品と着かず離れずの関係の中からうまれた作品と数ある写真をもとに、自分の作品とその制作プロセスについてプレゼンテーションを行うというのがワークショップの流れです。

*プレゼンテーションの様子プレゼン風景

ここで大切な事は、作品とのやり取りを体感する事とそれを伝えることです。
最終形態を目的にするというよりは、自分のモチーフ(頭部)と素材(粘土)というスタート地点から、どのように変化ししてゆくのかを自分の目で見届けてゆくことに目的があるのです。
こうして時間をかけ作品に寄り添った制作の中には無駄や失敗も多々あるのですが、時に魅力的な気づきとなって返ってくることもあり、それを知ることは今後の作品制作に大切な要素になってくるはずです。

少しだけ例をあげてみましょう
メダルド・ロッソとコンスタンティン・ブランクーシという2人の芸術家は、今回のように彫刻を撮影することからインスピレーションを広げています。
前者のロッソは肖像彫刻をつくる時に顔の輪郭に限る(境界を無視できない)と言って、自身の彫刻を絵画のような写真におさめたり、写真の中の彫刻に映った陰影を実際の造形に反映させたりと実験を繰り返しています。そこから陰影に溶けてゆくかの様な独特のフォルムが生まれ、蜜蝋という素材を扱うことに繋がっていったのです。

*ロッソ《夜のパリ》《ユダヤの少年》ロッソ

後者のブランクーシもまた自身の彫刻制作スタジオの風景を自らの写真に焼き付けています。
時に写真の上にデッサンをおこなったりして構想を具体化させて石の直彫りを行っていますが、代表作の空間の鳥や無限柱はその実体以上に彫刻を取り巻く世界の光や影を実体に映しだすことによって、時間の推移を感じさせる作品に繋がっていきました。

*ブランクーシ《ナンシーキュナードの肖像》《トゥルグ・ジュの無限柱》ブランクーシ

これらは写真技術の発達をみせた20世紀の彫刻家の一つのプロセスですので、現代はまた違った作品と作家のやり取りがあると思いますが、今回の首像ワークショップも鏡に映る自分の姿を三次元に置き換え、それを写真という二次元にまた引き戻す、その双方を行き交う中でくみとられるものあるはずです。観察をとおして、その時の表情や感情の変化を感じることもまた制作が常に一定ではないということを体感できるのではないかと考えています。

講評会では
最終形の作品と自分だけが知りうる制作過程のギャップに戸惑っていた様子も見受けられましたが、実はこのズレへの気づきもまた今後の作品制作の基盤となって来るかも知れません。
素材を扱いながら起らないと思っていた想定外のことが起った時、それに理由づけをすることがここにあるプロセスにみる彫刻的な創造の一つと言えるのです。
講評後には作品を持ち帰りたいという話が出ていましたが、持ち帰りは困難でしたので結局壊すことになりました。ですが作品とのやりとりの結果所有したいという欲求が生まれたのだとしたらとても嬉しいことです。

だいぶ長くなってしましましたが、今回の記事ではこのような目的でワークショップをつくっているということが伝えられたらと思って書きました。
これから美大に行きたいと思っている方には、むずかしいな?と感じさせてしまったかもしれませんが、実際の授業はもっとにぎやかでゆったりと対話をするようなかたちで行ってますのでこれから先端科にくる予定の方もご安心下さい。
今回のワークショップは彫刻科や教材係の材料提供や事前準備によって充実した制作環境をつくることができています。これも新美の連携からなる先端科の授業展開と言えるでしょう。

夏期講習後期はゲストアーティストによるワークショップを予定しています。
引き続き先端科の報告楽しみにしていて下さい。