東京芸術大学絵画科油画専攻 合格
広島・広島観音高校/福本 健一郎

僕は一浪の時に一次試験で落ちてしまい現実の厳しさを痛感しました。このときに気づいた事は自分自身が気持ちや精神力が弱いから落ちたのだということです。そして2浪目からは仕送りがほとんどないため、バイトばかりの日々が始まりました。バイトは忙しく、制作がなかなか出来なくて毎日ストレスを感じ、僕にとってのこの生活は辛くて、悔しい思いでいっぱいでした。だけど、心の中で「いつかこの生活から脱却してやるんだ!!」と強く自分に言い聞かせそれをバネにしてやってきました。
そうした生活を続けていく内に制作に対する姿勢も変わっていき、自分はこの道でやるんだと覚悟を決めました。そして一生懸命悩んで考えた作品は良いものになる、自分に甘えが出でしまった時は中途半端なものになりました。
日々、自分との戦い。どうやったら自分を超えられるのか。試行錯誤しまた悩む。良い作品が出来ては駄作ができ、かと言って落ち込むのではなく、何がだめなのか、どうしたら上手くいくのか常に前を向いて考える事が大切なんだと思います。そして少し先の自分のビジョンを明確に持つ事も大切だと思います。試験の時は途中自分自身に負けそうになったけれど、やりきった時の感覚を持ち続け、最後まで諦めませんでした。
これからも苦悩やストレスとは一生付き合っていかなければなりません。だけどそれから逃げずに自分を成長させるための種なんだと思い、大いに喜び受け入れていく必要があると思います。そうすれば前より楽しく制作に打ち込める事が出来ると思います。
この3年間の新美生活を通じて出会った先生方や仲間から多くの事を学びました。そして応援してくださった友達や家族などたくさんの人たちの支えがあったからこそ今があると思います。本当に有り難うございました。

東京芸術大学工芸科 合格
東京・芸術高校/高橋 薫

私は最初「どのくらい描けたら受かるのかな? 落ちたらどうしよう?」とばかり考え制作していました。そんなことを考えている内に技術は付いてくるものの、いわゆる「描き方」になってしまい伸び悩んでいました。しかしある課題をやっている時、先生に「自分の作っているものを美術館に展示すると思ってやりなさい」と言われた時、どれだけ上手になっても終わりなんて無いんだと初心を思い出しそれまでの制作態度を恥じました。以降課題に対しわくわくする様な気持ちで取り組むようになりました。
波も勿論あったけれど、スランプを克服する時は必ずレベルアップしていきます。それまで頭で分かったつもりだった事が心から理解できるのです。その喜びは半端じゃありませんでした。本番では“がんばるぞ”と気合いを入れるのではなく、いつも通りのものを作れるように心がけました。常に自分が描いている絵を疑っていたので突っ走ることなく良い結果に繋がったのだと思います。

多摩美術大学環境デザイン学科 合格
武蔵野美術大学空間演出デザイン学科 合格
東京造形大学デザイン学科
サステナブルプロジェクト 合格
東京・女子美術大学附属高校/及川 香鈴美

浪人する時に決めた。「もっと上手くなろう」その想いがどんな時も背中を押してくれた。4月から課題と向き合い、毎日発見と失敗を繰り返し、もがいて得たものは頭ではなく、身に染みつきました。そして、それは入試の本番で大きな力となりました。もちろん低迷した時期もやってきました。私の場合は描きたくない場合は描きませんでした。描きたいと思って新美に行きました。その中で真剣に取り組む課題はとても楽しんで取り組むことができ、集中して描くことの楽しさは、まるでランナーズハイの感覚でした。その課題を講師に講評してもらい、だめ出しされることは次の大きな糧となりました。「もっとよく見ろ」と言われ続けることの悔しさから得ていったものも多くありました。
みんな頑張っているという焦りの中一人だけ負けていられないと思い、ひたすら描いた日もありました。気持ちだけが空回りする日もありました。でも今となってはそのすべてが入試の自信と実力を培ってくれたと思います。
真剣に、楽しく真剣に。

東京芸術大学デザイン科 現役合格
東京・鴎友学園高校/岸田 麻里

私は高1の夏から友達に誘われて初めて新美に来ました。基礎科のうちは評価もなく、ただただ楽しんで描くという事を学びました。受験科に上がると評価がつき始め、より上手になりたいという気持ちが強くなりました。
夏期講習で初めて浪人生と一緒に制作し、良い作品がどんなものかだんだん分かってくると、頭では理解できても体がなかなか覚えてくれず、思い悩む事が多くなりました。私は技術面での質問はできても、精神的な悩みは漠然としすぎ人に相談できなくて、でもそんな私に先生は「もっと上が見えるはず、妥協しないで。」と言ってくださいました。その言葉は受験が終わった今でも私の大きな支えとなっています。
11月頃志望校を東京芸大1本に絞り、絶対受かると自分に言い聞かせて、だめだとか、無理だとかという言葉を封印しました。心がけていたのは時間内に終わらせることと、人の講評をしっかり聞くことです。あの作品のここが好きとか、自分だったらこうするとかそんなことをぼんやり考えるだけでとても勉強になると思います。友達の作品でも、吸収できるものはすべて吸収するつもりでがんばりました。今振り返ると、課題に対して苦手はあっても嫌いはなかったように思います。
入試直前には自分の無力さが情けなくて毎日ように泣き、たくさんの方に迷惑をかけました。それでも嫌な顔もせず一緒に頑張ってくださった先生方に、心から感謝しています。今までは関わってくれたすべての人のおかげで、私は新美での2年間を結果にすることができました。本当にありがとうございました。

武蔵野美術大学グラフィックデザイン学科 現役合格
多摩美術大学情報デザイン学科情報デザイン
現役合格
東京・関東国際高校/吉延 絵里
美大へ行きたい。そう決心したのは高2の夏だった。この選択は部活も、高校も、その時のただ単なるの希望で選んで来ただけの私にとっては、相当の覚悟が必要だった。しかし気づけば私の胸の中にあった「美大進学」という道はそれと同じようにただ「美術(デザイン)を学びたい」と思った事が始まりだった。これといったきっかけがあった訳ではなかったが、しかし私はいたって真面目で、本気だった。高2の冬期講習会から新美に通い始め、高3になり目標は高い方がいいと、第一志望を東京芸大にし、芸大クラスに所属した。そして何度も浪人生との実力の差を痛感し、さらに夜間部の友達にさえも差を感じ、彼らに追いつけない自分に落胆した。それでも私は現役合格にこだわっていた。親の負担の面もあるが、何より自分のプライドがそうさせていた。いや、単に自分の精神力が浪人中まで持つ自信がなかったのだろう。もし全部だめだったらと幾度となくよぎる不安の中、春に求人誌を手にする自分を想像した事もあった。刻々と入試が迫る。迷った挙げ句、冬期講習から私大対策を受ける事にした。そうでもしなければ間に合わないと思った。なれない私大クラスの課題に歯痒く思う事もあったが、徐々に要領を掴んでいった。そして多摩美大の試験当日は、柄になく手に汗をかいて落ち着かなかったが、胸の中で「ウカル、デキル、ウカル」とひたすら唱えていた。結果が出るまでの数日は気が気じゃなかったが、掲示板の前で自分の番号を見つけた瞬間の喜びは何物にも代え難い。学校との両立の大変さもあり何度もくじけかけたが、それでも新美に通い続けられたのは自分の自尊心のためだけではなく、時には厳しく優しく支えてくれた家族、先生の方々のそして一緒に戦った友達がいたから、一年を乗り切れた。みんなの支えがあったからこそ、今たっているこのスタートラインを感謝して大切に踏み出していこうと思う。
東京芸術大学絵画科日本画 合格
茨城・取手松陽高校/張替 由利子

私は茨城の自宅から毎朝2時間ほどかけて通学していました。一浪目は通学の疲れもあってか、どこか覇気の欠けた一年でした。二浪目は絵を良くするために自分を変えようと思い、一年を通して必ずやる事をいくつか決めました。
まず鉛筆は全て削っておく、パレットや筆は使い終わったらキレイに洗っておく、夜の課題も出来るだけ残ってやる。無理はしない。これらの事を実行し、絵を描くためのベースとなる体調管理や道具の整理に気を遣う事で気持ちにメリハリができ絵を描く事に集中出来るようになりました。
また、夜の課題では自分で考えたモチーフを描かせてもらえ、楽しみながら取り組めました。無理はせず、楽しみながら努力することで少しずつ向上していけました。
試験直前は体調管理を優先し、夜の課題をやれず、上達しない自分の絵にやきもきしていましたが、そんなときは講師の先生の言葉が私の心を軽くしてくれました。試験ではデッサンも着彩も描けたとは思えず、むしろボロボロでした。一次試験では2日目に頭部を1cm以上動かし、形を直すことに一生懸命になり、詰め切れずに終わってしまい、二次では紙を一枚描き忘れるというミスをしてしまいました。そんな私が試験でやったことと言えば、デッサンは構造感やブルータスらしい完成のイメージにひたすら向かって行き、着彩では床と大小関係を気が済むまで直し、前日に作った完成のイメージに近づくように筆を動かしました。
きっと私の絵は2枚とも上手ではなかったと思います。正直なぜ私が合格できたのか分かりませんが、外してはいけない基礎的な事はきちんとやれたのだと思います。最後にお世話になった先生方にお礼を言いたいと思います。
2年間お世話になりました。ありがとうございました。

武蔵野美術大学映像学科 現役合格
東京造形大学デザイン学科映画 現役合格
東京造形大学デザイン学科アニメーション
現役合格
東京・山脇学園高校/大塚 由利菜

私は試験の前日まで本当に実技に悩まされた。周りの子は課題以上の何かを表現できていて、つまり「作品への熱意があった」。けれども私は一向にそれがわからず、不安な気持ちでいっぱいだった。最後の授業、私の気持ちを知っているかのように先生が、「ただひたすら試験を楽しんで、その作品が好きだと思ったら大丈夫」と言ってくれた。帰りの電車の中、私は先生の言葉を唱えつづけた。そうすることで、不安な気持ちが消えていくような気がした。
そして試験本番。配られた用紙には人のシルエットが4種類印刷されていた。そこからどこか一つ選び、物語を作る問題。いつもの私なら、どれが一番良さそうな物語を作れるか考える。けれど、そのときの私は違っていた。直感でこれが好き!!と思ったものを選んだ。私は目を閉じてそのシルエットがいる風景を思い浮かべそこから感じる湿度、音、すべてを想像した。目を閉じている間、自分が試験場にいることさせ忘れるくらい、私はその風景に入り込むことができた。
試験終了後の私の気持ちは「やりきった」ただその一言だった。あの時、もし自分を押さえ込んでいたら「私」の作品にはならなかったと思う。
「作品への熱意は」は「想像すること」想像することなんて簡単に聞こえるだろうけれど、「受験」という辛い中で心の底から良いと思える映像を想像するのはすごく難しい。本番でやっと、私はそれができた。勿論課題の条件から外れないことは大事だけれど、気づかないうちにその基本は身についていた。それは同じ注意点だったとしても、しっかり丁寧に指導してくれた先生たちのお陰だと思う。一年間何度も逃げ出したい気持ちになったけれど、励ましたくれた仲間や、合格まで導いてくれた先生には抱きついてお礼を言いたいぐらい。本当にありがとう。

 
武蔵野美術大学映像学科 現役合格
東京・香蘭女学院高校/長島 リベカ

ずばり、私は新美中毒だ。
受験生生活のはじめは、予備校に通っていればどうにかなるだろうと思う楽天的な自分だった。しかし、課題をこなす度に次々に疑問が生じた。「映像とは何であるか」基本中の基本のようで、実は一番難しいであろうその言葉を、先生方は常に、課題を通して、時には直接私に投げかけてくれた。その言葉はあまりにも難しすぎて、本当に受かるのだろうかと不安になったし逃げたくもなった。けれどそんな私も、春夏秋と順調に新美に通い続け、そのお陰で順調に成績も上がった。
しかし、スランプは来た。冬の初め、順調に成績を上げる友達にどんどん差をつけられ、成績はいつも下段。抜け出す方法もわからず、がむしゃらにただ課題をこなし続けた。新美に行けない日は一日たりとも落ち着けなかった。
そんなときは、意地やプレッシャーで縛られている私を先生方は諦めず指導してくれた。時にはリメイクをする私に付き合って、夜遅くまで残って。そしてその中で私は沢山のものを得た。課題の細かいテクニックはもちろん、けれどそれ以上に、映像作品を作ってゆく者としての心持ちを、私の心に強く残してくれた。
長いスランプを抜けると、私の成績は飛躍的に上がった。でもそんな時も私は、先生方が言ってくれた言葉を忘れなかった。「これ、撮りたい?」
受験が終わった今、新美に通えないことがむずがゆくてたまらない。私の危なっかしい受験生生活を、支えてくれたのは新美だった。新美に通えて良かった。心からそう思う。ライバルでもあった、大切な友達、先生方本当にありがとうございました。

武蔵野美術大学映像学科 現役合格
富田 彩未

私は冬期講習から映像科に通い始めましたが、初めは不安だらけでした具体的に何を描いていいのか、どこまでやっていいものなのかなど全くわからず、特に時間内で終わらせるというのは私にとって大きな課題でした。いつも中途半端なものしか作れなかった私は、こんなことで本当にやっていけるのか、と真剣に悩むことも何度もありました。
しかし、しだいに新しい環境にも慣れ始めると、周りの生徒の作品の特徴などがわかるようになったり、講評がいつの間にかお笑い劇のようになっていたりと、毎日をとても楽しく過ごせるようになりました。すると不思議なことに、これまでにはなかったような事が起こり始めたのです。それは新美に行く最中の電車の中やコンビニに着くまでの短い散歩道などの何気ない景色の中で、目に映ったものから勝手に「物語」を作ろうとしていたのです。その頃から「映像を学びたい」という意識は強まりました。
それからは以前に比べ、自分が描きたいものやアイディアなどははっきりしてきました。しかし次に待っていた課題は「相手に伝える」ということでした。自分がおもしろいと思ったものを書いてみても内容を理解してもらえないことが多かったのです。そのような中、先生方は諦めずに色々な角度からアドバイスをしてくださいました。自分でも気づかなかったようなことを作品から発見し、提案してくださったりしたおかげで私の視野も広げることができ、構成を工夫することで「伝えられる」ということを学びました。
このニケ月はこれまでの私の人生の中で最も濃く、充実した期間でした。新美での毎日が楽しかったからこそ課題に集中して取り込むことができ、目の前にある壁を乗り越えることができたのだと思います。
本番では、試験直前で聞いた「自分はこういう人だ、というのを物語で出していけ」という先生の言葉を信じ、迷うことなく突き進みました。そして出来た作品が映像科で積み上げてきた集大成だったのだと思います。
本当にありがとうございました。

東京芸術大学先端芸術表現科 合格
京都造形芸術大学
情報デザイン学科先端アート 合格
長崎・長崎日本大学高校/佐藤 ゆかり

1浪です。1回落ちました。高校も卒業して、人生で初めて、というくらいに空いた長い時間を前にして、凄く不安に思ったのは制作出来る場所がなかったことです。予備校に通うため東京に出てきたのは良かったけども、長崎とは全く違う世界だったので、馴染むのにかなりの時間がかかりました。生活がおちつくと、いろんなことを考えました。今までの自分の人生やらなんやら、やってきたこと、つくってきたものについてだったり、どうして自分はつくってるんだろう、とかをずっと考えました。時間をかけて少しずつ考えました。その間に作品もいくつかつくったりして、毎日をすごくゆっくり過ごしました。一年の始めはとにかく生活や勉強やらに慣れようと焦っていたけど、私は元々何事もゆっくり進める性格だったので、そのペースを取り戻せたのが良かったのかなぁと思います。自分を見失わずに何事もマイペースに進んでいけばいいんではないかと思います。

東京芸術大学デザイン科 合格
東京・頌栄女子学院高校/増田 亜美加

新美にお世話になり始めたのは、高2の基礎科・日曜コースから。結局2浪してしまいました。4年間通ったことになります。
思い返せば、私はずっと思い込みで乗り切ってきたように思います。“こんなはずじゃないのに”という激しい思い込みで長いスランプも乗り越えてきました。しかし一方でその思い込みが、改善すべきところに気づくための冷静な目を曇らせていたことも事実でした。
自信を持って制作することと、守りに入ったり、良いと評価をされたことをただ繰り返すことと混同していました。そのことに気づいてからは自分でも驚く程学ぶべきことがとても楽しく、有意義に感じられました。それが今年度2浪目でした。この辛く、長く。そして楽しかった受験生活は、今までの人生で一番私を成長させてくれました。
何も言わずに好きにやらせてくれた両親、同じことを口が酸っぱくなる程言ってくださった先生方、そして優しく朗らかなクラスメイト、皆様にお礼を申し上げます。

東京芸術大学デザイン科 合格
愛媛・新居浜西高校/田崎 遙
通信教育(高校2年〜高校3年1・2学期)
デザイン・工芸科(入試直前)

高2の5月、新美の通信教育を始めました。最初はデッサンコースでした。早く上手になりたかったので、課題と一緒に送られてくる参作をまねしながら制作しました。作品が添削され返ってくると、上達のためのアドバイスが画面いっぱいに書かれていて、読んでいた楽しかったです。講習会にも参加し、添削で理解できなかったことなどを学びました。また、同じ大学を目指す人たちと制作できる良い機会でした。高3の4月からはデザインコース芸大系の課題に取り組みました。2学期はなかなか上達しない自分にがっかりし、美大受験を諦めたくなり、制作しない日が続いた時期がありました。その間はセンター試験の勉強をし、制作したくなるのを待ちました。
新美に通えたらな、と以前よく思いましたが、自分のペースで制作できる通信が自分には一番あっていたのかも知れません。お世話になりました。大学頑張ります。

東京芸術大学工芸科 合格
埼玉・浦和学院高校/伊藤 航
4月入学する時は、自分の今までのスタイルや価値観をすべて捨てもう一度一から出直すという思いでした。ようやく新美になれた頃、夏期講習が始まり、一段と気合いが入り、教室の雰囲気が良くなっていき、自分に何が欠けているのか、逃げている所はどこなのかを再確認することで必死になっていました。そして2学期になるといよいよ教室も異様な感じになりました。
冬期講習が始まるとさらに本番に向けて具体的に何が出来て何が出来ないかを先生方のアドバイスを元に自分で一つずつ解決してゆくことにより本番で良い判断が出来るようになりたいと思いました。入試直前は今までの自分の成果が身に付いて来た時期でした。あの時先生が言っていたのはこういうことかとか、何かすべての歯車が噛み合っていく様な気がしました。そしておそらく受験生としては割とベストの状態で試験を迎えることが出来たと思います。一次試験前日には緊張もしていたけれど先生の「失敗してもこの世の終わりじゃないから」と言う一言で随分気が楽になり、そのおかげでリラックスして試験に臨むことが出来ました。二次試験では絶対に妥協はしないと心に決め、どんな些細な事でも納得のいくまでやりきりました。全ての試験が終わり、長い発表までの間そわそわしながらひたすら待ち、そしてついに発表当日、掲示板に自分の番号があった時、一瞬頭が真っ白になり、しばらくしてから「よし」という一言が出ました。最後にアドバイスとして、自分の弱点を認めそれから逃げない事と最後まで絶対に諦めないという気持ちがあれば誰でも合格する事ができるのだと思います。
多摩美術大学グラフィックデザイン学科 合格
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科 合格
武蔵野美術大学デザイン情報学科 合格
東京造形大学デザイン学科
グラフィックデザイン 合格
神奈川・浅野高校/宮下 裕司

たぶんどこか受かるだろうと根拠のない自信だけがあった一浪までの自分、打ち砕いたのは新美であった。講評で自分の明確な立ち位置の必要性に気づかされ、現実を思い知った。
 この一年を振り返ってみると、このショックが生み出す「焦り」こそ力を大きく伸ばした要因だったのだろうと思う。そしてこの「焦り」にとらわれ過ぎて自分を見失うことをせずに済んだのは、先生方の的確なアドバイスのおかげである。作品の評価だけでなく、入試に向けての心構えの助言で進むべき道を示してくれたので脇道にそれず、邁進することができた。このように土台をしっかり支えてもらった上での「焦り」は毒にならず薬になり得たのだろう。自分の長所、短所を見つめ、その上で目標に向かって追われるようにひたすら突き進むこと、それは自分の場合「焦り」の熱を無くしては不可能であった。
受験生である以上、よほど成績が良い人か、あるいは楽観的すぎる人でない限り「焦り」とは切っても切り離せない間柄であると思う。焦っては駄目とあまり考えずに味方につけると思うぐらいの心積もりで頑張ってほしいと思います。

多摩美術大学生産デザイン学科
テキスタイルデザイン 現役合格
武蔵野美術大学デザイン学科
工芸工業デザイン 現役合格
東京造形大学デザイン学科
テキスタイルデザイン 現役合格
東京・お茶の水女子大学付属高校/坂 昭代

私は入試直前まで、自分の好きな絵と受験の課題は別だと思っていたし、難しい理論を突き詰めてこそ受かる絵が描けると考えていた。デッサンは楽しいけれど、平面構成はずっと苦手で楽しんで描くとか、自分の好きな絵を描くと言われてもピンとこなかった。自分の作品が良くないのは一重に理論が甘いからだと思っていた。しかし、冬期講習で、周りが皆楽しそうにその人らしい魅力的な作品を描いていることに気づき、劣等感と今まで自分は何をしていたんだろう、という焦りからますます平面が嫌いになり、好きなデッサンも楽しめない事が多くなった。無理矢理楽しもうとすればする程難しく考えて混乱してしまう、他の生徒の「その人らしい作品」「世界観のある作品」を見て自分には表現できるようなものが無いのではと不安になった。入試直前でその焦りや不安が頂点に達し、どうして良いものか分からなくなってしまい、何も描かずに逃げ帰ったことがあった。その日はひたすら自分について考えた。
その後、全ての課題が上手く行った訳ではないが、確実に以前より自分が納得できる作品が描けることが増え、少しずつ自分はどんな絵が描きたいかという事や課題を楽しむという事が分かりはじめた。モチーフの見方も変わったように思う。嬉しくて仕方なかった。試験当日も気が触れているとしか思えない程嬉しく、自分の好きな絵を描く事ができた。
良い作品を描くのに必要なのは技術や理論というより、作品を楽しむ事、自分を知る事だと思った。新美の先生方は技術的な指導だけでなく、自分自身を見直すきっかけとなるような助言も沢山くださった。こんなに自分について考えて見た事は今までなかった。新美での一年間は、とてもとても嬉しく素晴らしいものだ。本当にありがとう。

東京芸術大学デザイン科 合格
東京・日比谷高校/成田 早苗

大学に通いながらの新美生活。それは、覚悟はしていても決して楽なものではなかった。現役の時も通った夜間部。でも、その頃の気楽さ、ポジティブさは今年の私にはなかった。大学の単位、今年しかないというプレッシャー、それに反比例していく自分の実力。「しんどい」と思ったことが何度もあった。自己嫌悪、劣等感、被害妄想、結果を出せない自分に苛つくごとに芸大への道を疑問に思った。だけどその都度私を前に向かわせたのは、それまでの積み重ねた日々と、描きたいように描けた時の喜びの記憶だった。
何度希望を失っても、最後まで可能性は残されている。たとえ他人より絵を描く時間が少なくとも、それが受験への向き合いなら、それが一番正しい。大切なのは、自分の気持ちと今までの自分を最後まで信じることだ。その信念を貫けるよう支えてくれた新美の先生方や友人たち、そして両親に今、心から感謝の念を送りたい。

 
東京芸術大学絵画科日本画専攻 合格
多摩美術大学絵画学科日本画専攻 合格
神奈川・弥栄東高校/青木 望

何をする時にも楽しんでやる。これは私が生活するうえで第一に考えていた事です。遊ぶ時もバイトの時も絵を描く時もどうすれば少しでも楽しくなるかを考えました。嫌なことや不安なことも、出来るだけネガティブな考えを捨てるようにしていたおかげで、入試の直前は割と安定した精神状態でいられました。
私は2浪の時、絵を描くのが辛くなってしまった時期がありました。いろいろな原因が重なったと思いますが、一番は目の前のものしか見えていない自分自身の視野の狭さでした。何をしたいのかも分からなくなって、何度も逃げ出したくなりました。そんな経験をしてから、絵は楽しく描かないと意味が無いと思う様になり、楽しむためにはどうすれば良いか工夫をするようになりました。そして、それが良い絵を描きたいという気持ちに繋がっていったのです。浪人中はいろいろと悩んだり苦しんだりするかも知れませんが、そんな時こそ前向きに自分が楽しいと思える工夫をすれば、いつの間にか暗い気持ちも消えてしまうものです。最後になりましたが、こんな私をずっと支えてくれていた先生、家族、友達に本当に感謝します。一人では諦めていたかも知れません。ありがとうございました。

多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科 現役合格
埼玉・武南高校/武内 圭佑

武蔵野美術大学の映像学科に落ちた。僕は頭がボーッとした。一年間の努力では届かなかったのだろうか。落ち込んでいるのかどうかも分からないまま、僕はテレビ画面を見つめている。ふと、意識がしっかり戻ってくるのを感じると僕は映画を観ていた。こんな時にも映画を観ているなんて・・僕はもう2週間ぐらいなら粘れる。そう思った。
次の日から行った多摩美大映像演劇学科のための直前講習には、多摩美大映像演劇学科を第一志望とする人ばかりがいた。講習中、最初の実技課題では酷い作品を作ってしまった。そこには明らかに他の人達との気持ちの差が出ていた。
しかし、その後作品を作り続けたり、映像演劇科のホームページを見ている内に自分自身で映像演劇学科に進学したいという気持ちを見出していき、僕は実技課題に取り組んだ。
試験当日、僕はその時出せる力を全て出していた。受かる気はしないが落ちる気がしない。勝ちはしなくとも、負けないチャンピオン。まさにそんな感じだった。
新美で一年、僕は映像についてたくさん考えさせてもらった。でも、何よりも絶対に諦めない、絶対に自分から辞めなければ結果はついてくる、そういう大事な事を学ばせてもらった気がする。一年間本当にありがとうございました。

武蔵野美術大学映像学科 現役合格
東京造形大学デザイン学科映画 現役合格
東京・都立工芸高校/桑田 麻莉子

2年生の冬に大学進学を決めた。だから三年生は予備校詰めだろう、と思っていた。予備校に良いイメージは無かった。学校と両立できるかも不安だったし、何より「辛そうだ」とそう思っていた。そんな予備校に通い、私は合格した。そして、この一年で自分が成長したことを実感している。
なぜ合格した上に成長できたかというと、映像科は「広い」からだと思う。作品を鑑賞したり、実際に撮ってみたり、デッサンをしたり、絵巻物を作ったり、音楽から絵を描いたり・・・一癖ある課題ばかりだった。課題が多種多様であれば周りの人達も多種多様であった。先生や、同じ科のみんなも一癖ある人だった。いろいろな事と関わってきたから楽しく充実していたし、自分が成長できたのではないかと思う。私の予備校のイメージは、一年前とは逆になった。映像科は合格を目指すと共に自分を磨ける場所なんだろうと思う。
予備校で様々な事を学んだ。その中でも二つの大切な事を学んだ。一つは「楽しんで作る」入試直前、もう、楽しんでいいものが作れたら勝ちだ、と思った。自分が楽しめずに作ると、後悔するのだと改めて思った。
そして、「伝えること」。これが一番の課題だったと思う。自分の中にどんな最高な世界があっても誰かと共有できなければその最高は伝わらない。私はそれで悩んだ。当たり前だけど、すごく大事だ。予備校ではそのバランスを学ぶのだと思う。
この一年間、様々なことを感じた。それが今結果となって出てきている気がする。すごく前向きに、大学でも生きていこうと思えるのだ。「あらゆるものを吸収する」恩師・小原先生の言葉に、私は密かに賛同している。
もちろん目標は合格だけど、それだけにとらわれちゃいけないのだ、と強く思う。あらゆるものを吸収しいい作品を作る。小手先の技術だけじゃないんだ。そんな単純なことを教えてもらった。合格までの道のり、自分は駄目だと思いながらも何かしらやってきて本当に良かった。

東京芸術大学先端芸術表現科 現役合格
日本大学芸術学部写真学科 現役合格
東京・青山高校/原田 吾朗

新美から家へ帰る時、僕はよく最寄りの丸ノ内線駅新宿御苑前を通り 過ぎて、新宿通りから外苑西通りに入り、青山方面へ歩いてから、電車に乗ることが多かった。今思えば、無機質な風景の中で、頭のクールダウンを行うためだったのであろう。
新美と家・高校との往復の生活で、僕が約10ケ月間かけて行ったこと、一つとりあげるとしたらそれは「自分自身への探求」だろう。自分の過去や体験からリアリティのある棘を抜いては集め、概念や形、イメージにしていった。
その作業は眠気をも押しやってしまうほど、頭のスピードを加速させていく。例えば8時まで新美で小論文を書いたら、その日はまず簡単に寝付きは出来ないだろう。講評会でプレゼンが最後の方の日でもそうなっていた。作品を徹夜で創るなんて、わけない。
だが、頭のスピードが速すぎる時は危険だ。いい作品が創れると思って、ギアを操り損ねると、スピードがのってる分だけ派手な事故を起こしたりする。舵が利かなくなるのだ。だからこそ、たくさん歩いたり、ゆっくりお風呂に入ったりすることは、受験生の僕にとってはとても大事な営みとなっていた。
今、僕は受験生の頃の自分探求への眼差しと違い、外へ外へと自分を開いていく姿勢を持っている。先端科のカリキュラム上そう成らざるを得ない。課題として彼方此方飛び回っては、他者の表現に沢山触れつつ、自分の活動をしていく。そうなるとあの頃の脳内加速感を得ることは難しい。「自分」が「ここ」にいる理由をあの頃のようにいちいち問いている暇などないのだ。
ギアを際限なく上げては、冷やしていく日々。僕が今、背筋を伸ばして人の表現を受け止められる、大きな土台となった日々である。

東京芸術大学先端芸術表現科 現役合格
埼玉県・浦和第一女子高校/川口 旅花

私は高校2年の冬に先端の存在を知り、3年の春から新美の先端に通っていた。
先端を受験したことで得たものは色々ある。
中でも大きかったのが考える力、これまで以上の表現欲、そして人との出会いだ。
考えることとはつまり言葉を使って頭の中で物事を整理することだ。言葉で考えることを覚えると、色々なものが以前より客観的に見られるようになった。これは単に表現者になるためだけではなく、奥行きのある人間になるために必要なことだと思う。考えることを教えてくれた新美の先生方に感謝している。
また、私は作品に反映される自分を直視することができずスランプに陥ったが、それを脱却してからは表現したいという思いがいっそう強まった。あくまで自分の場合はだが、気合いで負けたら終わりだと思い続けてきたのがよかったのだと思う。今では表現することが自分にとって必然になった。
そして私はこの一年間にたくさんの人と出会った。中でも衝撃だったのが新美先端で出会った人達の存在だ。先端クラスの仲間は好奇心旺盛な生き方をしている人ばかりでとても魅力的だった。こういう人達が集まっているんだから先端はすごくおもしろいところなんだろうなあと思った。
その直感を信じ続けて良かった。芸大先端に来てたくさんのつわものに出会えたし、ここは表現を探求していくのにとても良い環境だと思う。これからも慢心せず表現に全てを懸けていきたいと思うとともに、改めて受験の時に支えてくれた人達にお礼を言いたい。自分が今表現に打ち込んでいられるのは、半分(以上)は周りの人達がいてくれたおかげだと思っている。


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