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東京芸術大学絵画科油画専攻 合格 |
東京・小川高校/鷹取 まゆ |
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私が3年間絵を描いてきた中で、ずっと信じ続けてきた言葉がある。それは一浪目にスランプに陥りとても苦しい時期に先生が言ってくれた
『どんなに苦しくても、どんなに辛くても、描き続けなさい。描き続けていれば必ずいつか何か変わってくるから』という言葉だった。
現役のときはわけがわからずとにかく描き続けていた。しかし一浪目に入りいろいろなことが中途半端にわかり、中途半端な技術が付き始めた。そうした中で私は身動きが取れない状態になってしまった。進むことも戻ることもできずに同じことを繰り返している自分に、心底苛立ち本当に不甲斐なく感じ、悲しくて辛くてしょうがなかった---。そのとき私はいつも先生の言葉を思い出しどんなときもとにかく描き続けた。それは本当に辛く苦しいことだったけれど、入直に入り何かが変わり始めた。それは自分でも手に取るようにわかる変化だった。そして試験に向け順調に絵が出来ていった。しかし私は「受かりたい」という気持ちが強く出すぎて、試験場で自分の絵を描くことを忘れてしまった。きれいな絵を、受かる絵を・・・・・・とそんなことばかりを考えていた。案の定、私は失敗し不合格となった。このとき本当に自分の『弱さ』というものを突きつけられた気がする。
二浪目に入り、私は絵の一番大切な部分を学んだ。きれいとかうまいとかではない、いかに自分を伝えるか。いかにキャンバスの上に自分を残すかということだ。試験を受けるとき、すべてのことに感謝し絵を描ける喜びを感じなら描いた。本当に楽しく描けたし満足出来る内容だった。私をここまで育ててくれた先生、ライバル、友人、絵を続けさせてくれた母、支えてくれたすべての人に感謝している。本当に三年間ありがとうございました。 |
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東京芸術大学絵画科油画専攻 合格
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東京・二松学舎大学附属高校/福島 沙由美
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私は国技館で芸大鉛筆が配布されるようになった年から受けているので、白から青まで、今のところすべての色の鉛筆を持っています。私の自己紹介はこれくらいにして新美の話をします。
うちのクラスでは、普通の課題はもちろん出題されますが、まともに描くとショボくなってしまうような頭を使う意地悪課題がよく出題されます。こういう課題を熟すことによって柔軟な思考が身についてきたと思います。 今回、合格できたのは先生の「無欲で頑張れ」「人生に無駄なことは一切ない」という言葉のおかげです。毎回私は「これだけ今までやってきたのだから、どうしても受かりたい」という気持ちが強すぎて、本番になるとすごく緊張してしまい指が思うように動かなくなっていました。今回は課題的に『自由に絵画表現しなさい』というものだったので、好きなものを描きました。無理に描写力を誇示するようなものは一切描きませんでした。
「落としたければ、落とせばいいじゃん」と少し強気になってみました。その甲斐あって課題を素直に楽しめました。多くの面接を通して、“ただ受かるだけの使い捨ての絵”ではなく“その先も見通せる絵”について考えさせていただきました。指導してくださった先生には深く感謝いたします。そして最後まで私のことを見捨てないで応援してくださった方々、どうもありがとうございます。私のエンピツコレクションはここでおしまいですが、受験生の皆さん、自分が今までやってきたことを信じ決して諦めずに頑張ってください。 |
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東京芸術大学絵画科油画専攻 合格
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東京・目白学園高校/大舘 佐知子
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もともと私はぐうたらなのんき者で、人は待たせる、時間はずるずる延ばす・・・そういう人間だった。でも現役受験のときにだいぶ変わった。変だった。芸大一本だったこともあり、気持ちが焦って焦って焦ってどうしようもなかった。毎日ハイテンションで朝早くから夜遅くまで新美にいたし、試験に受かる絵のことばかり考えていた。
相当硬くなっていた。絵も全然よくならなかった。当たり前だ。何を描きたい、と思わないで表面だけ作った絵で人に感じさせることが出来るはずがない。
今年はかなり自分に合ったペースでいられた。落ち着いていた。絵に全然関係なさそうなことでも、“良い”“おもしろい”と思ったら時間がかかってもどんどん自分の中に入れていった。描くときを通して自分が試されている感覚で、「受験」という言葉の意識はあまりわかなかった。試験のときもそれは同じで、受験にもかかわらず毎回少し遅れ気味で試験場に着いていた。
実際描くときに集中して、自分の表現したい世界をしっかり画面に表せたら、あとは良くても悪くても自分の普段のペースでいることが私は大切だと思います。(・・・試験会場へ早めにつくのは大切なことだと思います) |
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女子美術大学絵画科日本画専攻 合格 |
東京・日本大学櫻丘高校/澁澤 星 |
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浪人生活の中でいちばん痛切に感じたのは、自分をしっかり見つめることがいかに大切かということだった。私は昔から追い込まれるとあわてて自滅してしまうことが多かった。立ち止まってゆっくり考えることが出来ず、勢いに任せて突っ走ってしまっていたのだ。そんな馬のような私をうまく調教してくれたのが新美だった。物腰の柔らかい先生方や意識が高い生徒の雰囲気が自然と私を描く姿勢に導いていってくれた。学科の授業では私に心のゆとりを与えてくれた。特に小論文の授業は、担当の先生が薦めてくださった本を読み自分の気に入った表現に線を引き、添削に少しずつ取り入れ自分なりの文章を作っていった。そのうち、「自分はなぜ絵を描いてるのか」と根本的なことを考えるようになっていた。そうしてゆっくり文を考えていくにつれ、今までうやむやだったデッサンや着彩が少し見えてきたような気がする。と同時にそれは先生の助言を自分に素直に取り入れ、次へ生かしていく足がかりとなってくれた。
何よりの心の支えだったのは周りの友達だった。直前にもかかわらず、みんな純粋に絵を描くことを楽しんでいた。お互いの絵を講評しあったりいろんな技法を模索しあったり。笑いが絶えない時期でもあった(今思えば、私たち浪人組が一番うるさかったかもしれない)。新美という学校の中で勉強をして今まで知り得なかった自分を発見できたし、自分の心のバランスが少し取れるようになってきたと思う。私はこれから新美を離れるけど、この心持を忘れずに邁進していきたい。ありがとうございました。 |
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東京芸術大学デザイン科 合格
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東京・八王子東高校/塚田 史子
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長い間新美に通って、ついに合格することが出来ましたが、それは「合格する正解」をつくれるようになったからではなく、入試本番を自分の作品を好きなように作る場と捉えられたからだったと思います。
でもそこまでの過程は簡単ではありませんでした。現役や一浪のころは自分に足りないこともわかっていなかったし、二浪目になって少し自分のヤバさに気づいたものの、入試でまた焦ってしまいました。自分を完全に見失って周りの人のことばかり気にしただけの2次試験は本当に最悪でした。
そこで三浪目は常に入試本番を意識してやりました。どんな美しいモチーフでも、楽しい課題でも評価ばかり気にしていました。1年間の計画を立てて最後にどのくらいうまくなったら受かるかななどと考えていました。ところが本番直前になって、昔の今の作品を比べてみると以前の作品の方が自分で好きだといえる、冴えていることに驚きました。1年は何だったのかとすごくショックでしたが、このときやっと合格のための計算なんて出来るわけなくて、一つ一つの作品に没頭し積み上げていくことこそが大事だと感じました。本当に直前の直前だったけれど、本番の前に気づいたんだから良いんだと気持ちを切り替えてそこから本番まではその日その日の作品に集中してやりきるように心がけました。そうすると、「どうしなきゃいけないか」自分が「どうしたいのか」に変わりました。本番では思うようにいかず焦ったし、失敗もあったけど、見る人を楽しませようと最後まで粘ってよかったと思います。
この浪人生活で自分と違うたくさんの人に出会いました。先生方も本当に辛抱強く指導し続けてくださいました。生徒も先生も力強い自分を持っている人ばかりで、周りの人のすごさに縮こまることも多かったけれど、そういう人たちに囲まれていなかったら、絶対に私は成長できていなかったと、今では心から感謝しています。 |
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東京芸術大学工芸科 合格
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東京・女子美術大学付属高校/今井 美幸
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浪人生活が重なるにつれ、うまい作品を作りたいと思う気持ちとは裏腹に、失敗することが怖くてしっくりこないけど描き方を変えられない作品を作り続けました。
堂々巡りを感じ、今までの見方でダメなら視点を変えなくては!と思いました。このままでは何も変わらない!失敗してもいいから前に進もう!と。それからは自分と向き合い、何をすればよいのか考えるようになりました。
「一日という短い時間の中ではできることに限りがある。」一課題ごとに目標を持って描き、失敗したら原因を探してどうしたら良くなるのかの答えを出せるようになってからは、少しずつ良くなった気がします。失敗しなければ身につかないと実感しました。
また自分が妥協した作品は誰もよいと思わないはずです。私は今の時点で出来る限りのことをやりきろうと思いました。最大限の力を出せるようになったらまたひとつ上のレベルを目指せるようになり、そうやって少しずつ良くなっていくしかないと思いました。
時間はかかりましたが、浪人をして自分自身を見つめる良い機会になったと思います。長い受験生活を見捨てずにご指導くださった先生方、本当にありがとうございました。 |
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武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科 合格
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多摩美術大学生産デザイン学科
プロダクトデザイン専攻 合格
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東京造形大学デザイン学科
インダストリアルデザイン専攻 合格
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大阪・岸和田高校/松本 卓也 |
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やっぱり東京の予備校で勉強する方がいいのではないか。二浪目突入が決定し、半ば自暴自棄になりながら藁にもすがる思いで入ったのが新美でした。
たしかに関西にも美術系の予備校はあるけれど、僕は多摩美が第一志望だったので、東京で学ぶ方がより具体的・専門的な指導が受けられると思い、新美に決めました。
最初はなかなか思うようにいかず周囲との力の差を感じながら悩んでばかりいました。すぐには上達しないとわかっていても、気が焦って空回りすることも何度もありました。
そんな時はとにかく前向きに物事を捉えるようにし、大学生活を楽しむ将来の自分を想像してやる気を再燃させていました。努力は必ず報われる、そう信じて今期よく取り組んだことが合格へつながったのだと思います。
改めて振り返ると内容のある充実した一年でした。いろいろと大変だったけれどそれ以上に楽しいことがたくさんありました。お世話になった先生方や最後まで支えてくれた友達には本当に感謝しています。やっぱり新美でよかったと思います。 |
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多摩美術大学環境デザイン学科 現役合格
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東京・トキワ松学園高校/石川 佳世子
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1学期は部活との両立が大変でした。部活を早退して新美に通っていたので、どちらも中途半端になってしまいそうで不安でしたが、引退試合の直前以外はその通い方をしていました。このころは体力的に辛くて栄養ドリンクで乗り切りました。
夏期講習会でははじめて立体構成をしました。素材の扱い方は参作を真似、そこに自分なりの形や構成を加えるようにしました。デッサンは講習会後も残り講評で注意されたところを直すようにしていました。友達も増え、ますます新美が楽しくなりました。
2学期は夏の努力の成果が出たと思います。学科は模試でそこそこの点を取っていたので油断していたら順位が下がり、みんなが努力していることを知り焦りました。この頃から実技の後に自習室で勉強するようになりました。
冬期講習会と入直では、伸びているという実感がなく、もやもやした気持ちで過ごしていました。だんだん前は出来ていたことが出来なくなってきて、焦りを感じるとともにとても悔しかったです。
でも諦めないでずっと前の講評での注意を読み返したりして頑張りました。やっと納得のいくように描けたのは入試前日でした。
ジャンプする前はしゃがんで力をためるように、伸びる前にはスランプがあるのかもしれません。みなさんも諦めずに「しつこく」「しぶとく」頑張ってください。 |
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武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科
基礎デザイン学科 現役合格
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東京・女子美術大学付属高校/鳥羽 ななえ
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新美での2年間を振り返ると、制作中や講評で先生方がくれるアドバイスが本当に本当に重要だと思います。その中の1つに私の受験におけるモットーになった言葉があります。それは「毎日、入試本番だと思って描く」です。
これは毎日なんとなく課題をこなすのではなくて、ちゃんと目的を持って1枚1枚大切に描くということです。新美で集中して絵を描いて、家に帰って講評でメモしたことをノートにまとめる、そして読み返す。コレをひたすら毎日繰り返していました。これのおかげで、制作しているときに前の課題で注意されたことを改善する意識が持てました。
また、落ち込んでいるとき、悩んでいるとき先生方は親身に話を聞いてくれました。入試間近になると夜遅くまで残って丁寧に指導してくれて支えてもらいました。
親身になってアドバイスしてくれる先生方、同じ目標に向かって進み助け合える友達、新美での生活は本当に楽しかったです。受験生なのに毎日こんなに楽しくていいのかなってくらい、ものすごく充実していました。高2の春から今まで新美で過ごした時間、そして2年分の講評ノート3冊は大切な宝物です。本当にどうもありがとうございました。
新美が大好きです! |
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日本大学芸術学部美術学科彫刻コース 現役合格
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東京・小松川高校/糟谷 亮太
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自分は最初芸術系の大学に行くことすら考えていませんでした。普通の予備校に通いそこの先生と志望大学の面談をして、そこで自分は昔から絵を描いたりものを造るのが大好きだったから、芸術系の大学行こうと決めました。
芸術系は厳しいから考え直しなさいと予備校の先生に反対されたけど、それを説き伏せて話を進めそこで初めて芸術系専門の塾の存在を知りました。そのとき高校3年の7月、非常に焦りました。
早速新宿美術学院の夏期講習会に参加して彫刻の勉強を始めたのですが、まず周りの人たちのレベルの高さにびっくりしました。小・中学校の頃クラスで絵が上手などといわれていたけれど、ここに来て自分の絵が醜く惨めに感じました。
正直新美に着てから自分の作品がうまいなどと感じたことはなく、そのままあっという間に受験の日がやってきてしまいました。自分の中には劣等感と6ヶ月の知識のみ。しかし人間やる気と死ぬ気でなんとかなるよ。 |
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武蔵野美術大学彫刻学科
合格
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多摩美術大学彫刻学科 合格
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東京・保善高校/三木田 亮 |
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去年の芸大試験が終わって以来、私は浪人生となった。正直に言うと私は自分の実力の低いまま大学受かるよりも、実力を伸ばすことに夢中になれる一年を過ごせる浪人生になれることが嬉しかった。だが予想に反して私の実力はとても長い間、成長の兆しを見せなかった。少なくとも心の中に確信を得ることも出来なかった。長い間そのことについて悩んでいたが、秋ごろになり、私はこれまでにないショックを受け、これまでにないほど悩み塞ぎこみそうになった。公開コンクールが立て続けにあったのだ。「なぜ半年ほどもキャリアを積んだのに自分は成長しないのだろうか。」そして講師の助言を咀嚼し、必死に考え抜いた末にふと気づいたのだ。「自分の弱点」「自分のクセ」そして何より「対象の観察」これらについて私は必死で考え必然性に迫られた。実際の行動に移したことはなかったのだ。言葉上では薄っぺらに聞こえてしまうが本来はギラギラとした「飢え」のような必死さ、これで考えを導き出し、前進する力を持った結論に達し、行動に移す。これが私にとって最も重要なことであり、これに気づいてからこの考えをより深いものにしようと考え続けた。
自然と多少実力も上がった。少なくとも心の中に確信を持てる機会は確実に増えた。今思い出してみるとこのときから、毎日倍楽しくなり、倍疲れるようになった。本当に絵や彫刻って面白いなと思えたのもこの日からである。「必死さ」と「深い考え」と「行動」は絵に限らずとても大切で重要なことだと思う。改めて思うが、これを考えられたことは浪人してよかったなと思える理由のひとつだ。
最後にたくさん相談にのってくれた先生方や長いこと一緒に過ごした友人、家族には本当にお世話になったし、心から感謝している。あなたたちにめぐり会えてほんと、幸せだった。 |
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東京芸術大学先端芸術表現科 現役合格 |
青森・青森山田高校/潘 逸舟 |
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私はときどきじぶんがわからなくなる。私がここに存在していること、そしてここから何かに向かっているこの『私』という人間を取り巻く環境、背景などすべてがわからなかった。だからいつも自分自分を何かに写そうとした。その方法として「表現」があった。なので、私にとって表現することは人間が毎日食事を取ることと同じであるのかもしれない。
芸大の先端に行こうとした理由は、私の表現を受け止めてくれそうな場所がそこしかないと思ったから。私は高校で油絵も描いていて美大の油絵もなんとなく受けたが、結果は全滅。芸大受験のときはかなり焦った・・・・・・。
予備校の先生は私に客観性を与えてくれた。私はいつも作品をつくり続けるだけで、その一つ一つの作品について落ち着いて客観的に見ることをしなかった。それは一次の素描も同じで、私はただひたすら描きまくればいいと思っていた。自分が今やっていることを一度離れて客観視することはとても大事だと思う。そこからまた自分の考えていたことと違うモノを発見できるからである。
先端はあまり受験を意識せずに自分が考えていることや、疑問に思っていることをどんどん深く掘っていけばいいと思う。 |
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武蔵野美術大学映像学科 合格 |
日大芸術学部映画学科映像コース・放送学科 合格 |
東京・高輪高校/石原 大彦 |
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受験生活の中で、僕が誇れるものはほとんどありませんでした。実技も小論文も決していい結果を残してきたとは言えないし、ゲームやマンガに夢中になっていた時期もありました。でもそんな僕が唯一誇れるとすればそれは最後の最後まで逃げなかったことだと思います。
僕はそれまでの課題で、逆光の絵を多用してきました。逆光の映像がカッコ良くて好きだったのです。決してうまい使い方ではなかったけれど、逆光をテーマとした物語や絵は誰よりも描いていました。「逆光」は自然と僕の十八番のようになっていったのです。
そして入試当日。複数の言葉から任意にモチーフを選んで作品にする課題。その語群の中に「逆光」と言う言葉があったのです。その時、今しかないと思い飛びつきました。しかし、ふとその隣を見ると「斜光」という言葉があったのです。その時、僕にはその言葉がとても魅力的に感じたのです。僕は十分程、どっちの光をメインにするか本気で考えました。そして悩んだ末、「逆光」を没にしました。
試験が終わった直後、本当にこれで良かったのかと自問自答しました。しかし、帰りの電車に乗る頃には、これで良かったのだと確信しました。確かに逆光は僕の十八番でした。しかしここでこれを描いたとしても、今までの課題の二番煎じになってしまったと思います。それは安全な自分のテリトリーへの「逃げ」ではないでしょうか。それよりも、今までに描いたことのない、なおかつ魅了的だと思ったモチーフに挑戦する方が、よほど意義はあると考えたのです。それがたとえ本番だとしても、自分の新しい可能性を優先させるべきだと。
もしあの時逆光を選んでいたら、例え落ちても受かっても後悔していたと思います。合否の結果を含め、あの時の自分の決断、自分の考えが間違っていなかったと確信しています。
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武蔵野美術大学映像学科 合格 |
神奈川・弥栄東高校/泉水 一慶 |
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五月。デザイン科と迷っていた僕は一足遅れて新美映像科に通い始めました。
映画も写真もとりわけ好きだったわけではなく、ただ動きというものに魅力を感じて選んだ映像科。正直はじめは半信半疑で課題に取り組んでいたんです。僕は毎回指摘されたことに注意しながら課題を受験の練習のようにこなしてきました。
きれいにまとまった絵や物語、小論文。一定の評価は得られていたし、仲間にもすごいと言われてきました。しかし何かが足りないと言うことは自分でも感じていたんです。
「泉水の作品はまだ作品になっていない気がする。」二学期の終わりに先生に言われました。そう。確かに私は課題を課題としか見ていなかったのかも知れません。やりたいことがあって大学を目指すのは当たり前です。では入ってからやりたいことは?僕は映像科の課題一つ一つが、自分のしたいことを示す為の「作品」だったのだと気付きました。毎週課題をやることはきれいな解答を学ぶ。じゃなく、自分のイメージを伝える力を磨いていたのです。
入るための勉強でなく、入ってからやりたいことを考えるように課題に取り組む。姿勢が変わりました。毎日の生活の中でも何か映像的な面白いものはないかと、きょろきょろと目が動きっぱなしでした。他人の作品も範例として捉えるのではなく、一作品として見ることで良い刺激になっていき、新美に来るのが楽しくなりました。
普通、予備校というのは合格のための技術を高める場所と思われているし、もちろんそれは大切だと思います。だけど自分のやりたいことを発見し表現する場。それが僕にとっての新美という予備校の意義でした。
「予備校生でなく映像作家の気持ちで」うぬぼれのようですが、こんな風に毎回課題に取り組めたなら、もう合格は向こうからやってくるものだと思います。
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武蔵野美術大学映像学科 合格 |
埼玉・浦和第一女子高校/新井 香苗 |
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私が新美の映像科に入ったのは受験の約4ヶ月前でした。芸大デザイン科2浪目で一度受験を諦めたものの、やはり美術に関わりたいと思い選んだ分野が映像という分野でした。
入った当初は映像について深く考えた事がなく、課題も全く違ったので周りについて行けず、どうしたらよいのか戸惑うばかりでした。しかし、講評を聞いたり他の人の作品を見て自分なりに研究してみたりする内にだんだんと映像科においてやるべき事が見えてきました。そして、出される課題をどうこなすかと言う事にとどまらず、「もし自分が映像作品を作るとしたら」ということを意識する様になりました。どの分野でもものを作る姿勢というのは同じなんだと気付きました。
そこで大事なのは、日頃どんなものを見て、感じて、考えているかと言う事です。日常の些細な出来事の中にも小さな感動や発見が転がっています。感覚を研ぎ澄ましてそれを感じ、いろいろな方向から分析します。又、美術作品や映画を見た時も同様。これを習慣化して積み上げたものが作品になる。特に映像科では予備校以外で吸収した事が作品の核になるように思います。
次に、自分について考える事。自分の好きなもの、世界、得意な事や苦手な事等を自己認識しておく事が大事だと思います。そうする事によって課題の意図や自分の作品を客観的に見たり、課題と自分との距離をうまく取れるのではないかと思います。苦手を克服して得意な所を出せば評価につながります。
私はどちらかというと予備校では決して評価の良い生徒ではありませんでした。
自分が表現したい事に自信が持てず、迷いながらの毎日でした。しかし直前に先生に言われた「やりたい事やりきっちゃえ」の言葉で私の中の何かがパチンと弾け、本番は自分の世界を表現する事だけに集中する事ができ、迷いのない作品が作れました。
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武蔵野美術大学映像学科 合格
武蔵野美術大学芸術文化学科 合格 |
東京・和光高校/大坂 悠 |
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本命の武蔵野美大の試験が近づくにつれ、僕は昨年から言われ続けたことが頭から離れなかった。
「自信を持ってやれば大丈夫」
「いつも通りにやれば大丈夫」
昨年の試験が終わってから僕の課題はこのことだった。本番はいつもと違う。
考えなきゃいけないのに頭が働かない。僕は人一倍緊張しやすく、そのことは美大の試験、特に映像科の試験では一番の壁になった。
映像科の試験はその場で考えなきゃいけないことが沢山ある。目の前にモチーフがあるのではなく、想像力でそのモチーフまで自分を導かなきゃいけない。 本番の試験前日、今まで新美で描いてきた作品の束を全部見た。
「新美は.課題の数が一番多い」そんな事を前に講師に言われた事を思い出した。多分自分はどの受験生よりもこのB3画用紙に向かって頭を悩ましたと思った。もうこれだけ頑張ったのだからいいや。やるだけやったし。と思った。
本番が終わってまずはじめに思った事は、行けたかも!?と言う自信だった。
もうこれ以上は良い作品は描けませんって誰かに言ってやりたかった。長い時間新美に通い僕が手に入れたのは、自分意外と出来るんだ。という自信でした。とりあえず大学ではそれを持って頑張っていきたいと思う。
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武蔵野美術大学映像学科推薦入試 現役合格 |
静岡・浜松学芸高校/笠原幸弥 |
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高三になる春の春期講習に六日間、夏期講習に1ヶ月間、新美の映像科に通いました。
映像科に通い始めた時から講評の時間が大好きでした。講習生のドラマチックな情景を描いた作品やワクワクするようなシーンを切り取った作品を見ていると、昨日見た夢の内容をこっそり教えてもらったような、幸せな気分になれたからです。
しかしその一方で、自分の作品では空振りの連続でした。最初は制作段階でエスキースを先生に見せるだけでも恥ずかしかったのです。課題紙を渡されても何をどこまでやっていいのか全く分かりませんでした。
そんな私が作品を作っていく過程で痛いほど実感したことが一つあります。それは自分には加減するほどの実力もかっこつける余裕も全然ないと言うことでした。悲しい事実ではありましたがそれに気付けたのは大きな救いだったと思います。どうせなら恥をかくこと、欠点を指摘されること、全部作品の中で率直にやり切ろう。ただし一度講評で言われた失敗は二度としないように。今振り返ると夏期講習会の半分が過ぎた頃にそう吹っ切れたことが、ポイントになったのではないかと思います。
推薦入試対策にも講師の先生方には多大な力をお借りし、お陰様で私は推薦試験で志望校合格が決まりました。また課題に喰らいついていく土日生にはいつも刺激をもらいました。困り果ててどうしようもなくなると私はいつも新幹線で新美に向かっていました。それほど新美で出会った人達の存在は心強かったです。 少し引け目を感じてしまうくらいの大きな夢に出くわした時、大事なのは自分で自分を奮い立たせることだと思います。そうして「思考の葛藤」を「具体的な行動」に移すことが出来れば確実に見えてくるものがあります。そんなスイッチを切り換えるきっかけを私は新美で過ごした時間の中で見つけられたと思います。
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