東京芸術大学絵画科油画専攻 合格
東京・小川高校/鷹取 まゆ
 私が3年間絵を描いてきた中で、ずっと信じ続けてきた言葉がある。それは一浪目にスランプに陥りとても苦しい時期に先生が言ってくれた
  『どんなに苦しくても、どんなに辛くても、描き続けなさい。描き続けていれば必ずいつか何か変わってくるから』という言葉だった。
  現役のときはわけがわからずとにかく描き続けていた。しかし一浪目に入りいろいろなことが中途半端にわかり、中途半端な技術が付き始めた。そうした中で私は身動きが取れない状態になってしまった。進むことも戻ることもできずに同じことを繰り返している自分に、心底苛立ち本当に不甲斐なく感じ、悲しくて辛くてしょうがなかった---。そのとき私はいつも先生の言葉を思い出しどんなときもとにかく描き続けた。それは本当に辛く苦しいことだったけれど、入直に入り何かが変わり始めた。それは自分でも手に取るようにわかる変化だった。そして試験に向け順調に絵が出来ていった。しかし私は「受かりたい」という気持ちが強く出すぎて、試験場で自分の絵を描くことを忘れてしまった。きれいな絵を、受かる絵を・・・・・・とそんなことばかりを考えていた。案の定、私は失敗し不合格となった。このとき本当に自分の『弱さ』というものを突きつけられた気がする。
  二浪目に入り、私は絵の一番大切な部分を学んだ。きれいとかうまいとかではない、いかに自分を伝えるか。いかにキャンバスの上に自分を残すかということだ。試験を受けるとき、すべてのことに感謝し絵を描ける喜びを感じなら描いた。本当に楽しく描けたし満足出来る内容だった。私をここまで育ててくれた先生、ライバル、友人、絵を続けさせてくれた母、支えてくれたすべての人に感謝している。本当に三年間ありがとうございました。
東京芸術大学絵画科油画専攻 合格
東京・二松学舎大学附属高校/福島 沙由美
 私は国技館で芸大鉛筆が配布されるようになった年から受けているので、白から青まで、今のところすべての色の鉛筆を持っています。私の自己紹介はこれくらいにして新美の話をします。
 うちのクラスでは、普通の課題はもちろん出題されますが、まともに描くとショボくなってしまうような頭を使う意地悪課題がよく出題されます。こういう課題を熟すことによって柔軟な思考が身についてきたと思います。 今回、合格できたのは先生の「無欲で頑張れ」「人生に無駄なことは一切ない」という言葉のおかげです。毎回私は「これだけ今までやってきたのだから、どうしても受かりたい」という気持ちが強すぎて、本番になるとすごく緊張してしまい指が思うように動かなくなっていました。今回は課題的に『自由に絵画表現しなさい』というものだったので、好きなものを描きました。無理に描写力を誇示するようなものは一切描きませんでした。
  「落としたければ、落とせばいいじゃん」と少し強気になってみました。その甲斐あって課題を素直に楽しめました。多くの面接を通して、“ただ受かるだけの使い捨ての絵”ではなく“その先も見通せる絵”について考えさせていただきました。指導してくださった先生には深く感謝いたします。そして最後まで私のことを見捨てないで応援してくださった方々、どうもありがとうございます。私のエンピツコレクションはここでおしまいですが、受験生の皆さん、自分が今までやってきたことを信じ決して諦めずに頑張ってください。
東京芸術大学絵画科油画専攻 合格
東京・目白学園高校/大舘 佐知子
 もともと私はぐうたらなのんき者で、人は待たせる、時間はずるずる延ばす・・・そういう人間だった。でも現役受験のときにだいぶ変わった。変だった。芸大一本だったこともあり、気持ちが焦って焦って焦ってどうしようもなかった。毎日ハイテンションで朝早くから夜遅くまで新美にいたし、試験に受かる絵のことばかり考えていた。
  相当硬くなっていた。絵も全然よくならなかった。当たり前だ。何を描きたい、と思わないで表面だけ作った絵で人に感じさせることが出来るはずがない。
  今年はかなり自分に合ったペースでいられた。落ち着いていた。絵に全然関係なさそうなことでも、“良い”“おもしろい”と思ったら時間がかかってもどんどん自分の中に入れていった。描くときを通して自分が試されている感覚で、「受験」という言葉の意識はあまりわかなかった。試験のときもそれは同じで、受験にもかかわらず毎回少し遅れ気味で試験場に着いていた。
  実際描くときに集中して、自分の表現したい世界をしっかり画面に表せたら、あとは良くても悪くても自分の普段のペースでいることが私は大切だと思います。(・・・試験会場へ早めにつくのは大切なことだと思います)
武蔵野美術大学日本画学科 合格
女子美術大学絵画科日本画専攻 合格
東京・日本大学櫻丘高校/澁澤 星
 浪人生活の中でいちばん痛切に感じたのは、自分をしっかり見つめることがいかに大切かということだった。私は昔から追い込まれるとあわてて自滅してしまうことが多かった。立ち止まってゆっくり考えることが出来ず、勢いに任せて突っ走ってしまっていたのだ。そんな馬のような私をうまく調教してくれたのが新美だった。物腰の柔らかい先生方や意識が高い生徒の雰囲気が自然と私を描く姿勢に導いていってくれた。学科の授業では私に心のゆとりを与えてくれた。特に小論文の授業は、担当の先生が薦めてくださった本を読み自分の気に入った表現に線を引き、添削に少しずつ取り入れ自分なりの文章を作っていった。そのうち、「自分はなぜ絵を描いてるのか」と根本的なことを考えるようになっていた。そうしてゆっくり文を考えていくにつれ、今までうやむやだったデッサンや着彩が少し見えてきたような気がする。と同時にそれは先生の助言を自分に素直に取り入れ、次へ生かしていく足がかりとなってくれた。
  何よりの心の支えだったのは周りの友達だった。直前にもかかわらず、みんな純粋に絵を描くことを楽しんでいた。お互いの絵を講評しあったりいろんな技法を模索しあったり。笑いが絶えない時期でもあった(今思えば、私たち浪人組が一番うるさかったかもしれない)。新美という学校の中で勉強をして今まで知り得なかった自分を発見できたし、自分の心のバランスが少し取れるようになってきたと思う。私はこれから新美を離れるけど、この心持を忘れずに邁進していきたい。ありがとうございました。
東京芸術大学デザイン科 合格
東京・八王子東高校/塚田 史子
 長い間新美に通って、ついに合格することが出来ましたが、それは「合格する正解」をつくれるようになったからではなく、入試本番を自分の作品を好きなように作る場と捉えられたからだったと思います。
  でもそこまでの過程は簡単ではありませんでした。現役や一浪のころは自分に足りないこともわかっていなかったし、二浪目になって少し自分のヤバさに気づいたものの、入試でまた焦ってしまいました。自分を完全に見失って周りの人のことばかり気にしただけの2次試験は本当に最悪でした。
  そこで三浪目は常に入試本番を意識してやりました。どんな美しいモチーフでも、楽しい課題でも評価ばかり気にしていました。1年間の計画を立てて最後にどのくらいうまくなったら受かるかななどと考えていました。ところが本番直前になって、昔の今の作品を比べてみると以前の作品の方が自分で好きだといえる、冴えていることに驚きました。1年は何だったのかとすごくショックでしたが、このときやっと合格のための計算なんて出来るわけなくて、一つ一つの作品に没頭し積み上げていくことこそが大事だと感じました。本当に直前の直前だったけれど、本番の前に気づいたんだから良いんだと気持ちを切り替えてそこから本番まではその日その日の作品に集中してやりきるように心がけました。そうすると、「どうしなきゃいけないか」自分が「どうしたいのか」に変わりました。本番では思うようにいかず焦ったし、失敗もあったけど、見る人を楽しませようと最後まで粘ってよかったと思います。
  この浪人生活で自分と違うたくさんの人に出会いました。先生方も本当に辛抱強く指導し続けてくださいました。生徒も先生も力強い自分を持っている人ばかりで、周りの人のすごさに縮こまることも多かったけれど、そういう人たちに囲まれていなかったら、絶対に私は成長できていなかったと、今では心から感謝しています。
東京芸術大学工芸科 合格
東京・女子美術大学付属高校/今井 美幸
 浪人生活が重なるにつれ、うまい作品を作りたいと思う気持ちとは裏腹に、失敗することが怖くてしっくりこないけど描き方を変えられない作品を作り続けました。
  堂々巡りを感じ、今までの見方でダメなら視点を変えなくては!と思いました。このままでは何も変わらない!失敗してもいいから前に進もう!と。それからは自分と向き合い、何をすればよいのか考えるようになりました。
  「一日という短い時間の中ではできることに限りがある。」一課題ごとに目標を持って描き、失敗したら原因を探してどうしたら良くなるのかの答えを出せるようになってからは、少しずつ良くなった気がします。失敗しなければ身につかないと実感しました。
  また自分が妥協した作品は誰もよいと思わないはずです。私は今の時点で出来る限りのことをやりきろうと思いました。最大限の力を出せるようになったらまたひとつ上のレベルを目指せるようになり、そうやって少しずつ良くなっていくしかないと思いました。
  時間はかかりましたが、浪人をして自分自身を見つめる良い機会になったと思います。長い受験生活を見捨てずにご指導くださった先生方、本当にありがとうございました。
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科 合格
多摩美術大学生産デザイン学科
プロダクトデザイン専攻 合格
東京造形大学デザイン学科
インダストリアルデザイン専攻 合格
大阪・岸和田高校/松本 卓也
 やっぱり東京の予備校で勉強する方がいいのではないか。二浪目突入が決定し、半ば自暴自棄になりながら藁にもすがる思いで入ったのが新美でした。
  たしかに関西にも美術系の予備校はあるけれど、僕は多摩美が第一志望だったので、東京で学ぶ方がより具体的・専門的な指導が受けられると思い、新美に決めました。
  最初はなかなか思うようにいかず周囲との力の差を感じながら悩んでばかりいました。すぐには上達しないとわかっていても、気が焦って空回りすることも何度もありました。
  そんな時はとにかく前向きに物事を捉えるようにし、大学生活を楽しむ将来の自分を想像してやる気を再燃させていました。努力は必ず報われる、そう信じて今期よく取り組んだことが合格へつながったのだと思います。
  改めて振り返ると内容のある充実した一年でした。いろいろと大変だったけれどそれ以上に楽しいことがたくさんありました。お世話になった先生方や最後まで支えてくれた友達には本当に感謝しています。やっぱり新美でよかったと思います。
多摩美術大学環境デザイン学科 現役合格
 東京・トキワ松学園高校/石川 佳世子
 1学期は部活との両立が大変でした。部活を早退して新美に通っていたので、どちらも中途半端になってしまいそうで不安でしたが、引退試合の直前以外はその通い方をしていました。このころは体力的に辛くて栄養ドリンクで乗り切りました。
  夏期講習会でははじめて立体構成をしました。素材の扱い方は参作を真似、そこに自分なりの形や構成を加えるようにしました。デッサンは講習会後も残り講評で注意されたところを直すようにしていました。友達も増え、ますます新美が楽しくなりました。
  2学期は夏の努力の成果が出たと思います。学科は模試でそこそこの点を取っていたので油断していたら順位が下がり、みんなが努力していることを知り焦りました。この頃から実技の後に自習室で勉強するようになりました。
  冬期講習会と入直では、伸びているという実感がなく、もやもやした気持ちで過ごしていました。だんだん前は出来ていたことが出来なくなってきて、焦りを感じるとともにとても悔しかったです。
  でも諦めないでずっと前の講評での注意を読み返したりして頑張りました。やっと納得のいくように描けたのは入試前日でした。
  ジャンプする前はしゃがんで力をためるように、伸びる前にはスランプがあるのかもしれません。みなさんも諦めずに「しつこく」「しぶとく」頑張ってください。
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科
基礎デザイン学科 現役合格
東京・女子美術大学付属高校/鳥羽 ななえ
 新美での2年間を振り返ると、制作中や講評で先生方がくれるアドバイスが本当に本当に重要だと思います。その中の1つに私の受験におけるモットーになった言葉があります。それは「毎日、入試本番だと思って描く」です。
  これは毎日なんとなく課題をこなすのではなくて、ちゃんと目的を持って1枚1枚大切に描くということです。新美で集中して絵を描いて、家に帰って講評でメモしたことをノートにまとめる、そして読み返す。コレをひたすら毎日繰り返していました。これのおかげで、制作しているときに前の課題で注意されたことを改善する意識が持てました。
  また、落ち込んでいるとき、悩んでいるとき先生方は親身に話を聞いてくれました。入試間近になると夜遅くまで残って丁寧に指導してくれて支えてもらいました。
  親身になってアドバイスしてくれる先生方、同じ目標に向かって進み助け合える友達、新美での生活は本当に楽しかったです。受験生なのに毎日こんなに楽しくていいのかなってくらい、ものすごく充実していました。高2の春から今まで新美で過ごした時間、そして2年分の講評ノート3冊は大切な宝物です。本当にどうもありがとうございました。
  新美が大好きです!
日本大学芸術学部美術学科彫刻コース 現役合格
東京・小松川高校/糟谷 亮太
 自分は最初芸術系の大学に行くことすら考えていませんでした。普通の予備校に通いそこの先生と志望大学の面談をして、そこで自分は昔から絵を描いたりものを造るのが大好きだったから、芸術系の大学行こうと決めました。
  芸術系は厳しいから考え直しなさいと予備校の先生に反対されたけど、それを説き伏せて話を進めそこで初めて芸術系専門の塾の存在を知りました。そのとき高校3年の7月、非常に焦りました。
  早速新宿美術学院の夏期講習会に参加して彫刻の勉強を始めたのですが、まず周りの人たちのレベルの高さにびっくりしました。小・中学校の頃クラスで絵が上手などといわれていたけれど、ここに来て自分の絵が醜く惨めに感じました。
  正直新美に着てから自分の作品がうまいなどと感じたことはなく、そのままあっという間に受験の日がやってきてしまいました。自分の中には劣等感と6ヶ月の知識のみ。しかし人間やる気と死ぬ気でなんとかなるよ。
武蔵野美術大学彫刻学科 合格
多摩美術大学彫刻学科 合格
東京・保善高校/三木田 亮
 去年の芸大試験が終わって以来、私は浪人生となった。正直に言うと私は自分の実力の低いまま大学受かるよりも、実力を伸ばすことに夢中になれる一年を過ごせる浪人生になれることが嬉しかった。だが予想に反して私の実力はとても長い間、成長の兆しを見せなかった。少なくとも心の中に確信を得ることも出来なかった。長い間そのことについて悩んでいたが、秋ごろになり、私はこれまでにないショックを受け、これまでにないほど悩み塞ぎこみそうになった。公開コンクールが立て続けにあったのだ。「なぜ半年ほどもキャリアを積んだのに自分は成長しないのだろうか。」そして講師の助言を咀嚼し、必死に考え抜いた末にふと気づいたのだ。「自分の弱点」「自分のクセ」そして何より「対象の観察」これらについて私は必死で考え必然性に迫られた。実際の行動に移したことはなかったのだ。言葉上では薄っぺらに聞こえてしまうが本来はギラギラとした「飢え」のような必死さ、これで考えを導き出し、前進する力を持った結論に達し、行動に移す。これが私にとって最も重要なことであり、これに気づいてからこの考えをより深いものにしようと考え続けた。
  自然と多少実力も上がった。少なくとも心の中に確信を持てる機会は確実に増えた。今思い出してみるとこのときから、毎日倍楽しくなり、倍疲れるようになった。本当に絵や彫刻って面白いなと思えたのもこの日からである。「必死さ」と「深い考え」と「行動」は絵に限らずとても大切で重要なことだと思う。改めて思うが、これを考えられたことは浪人してよかったなと思える理由のひとつだ。
  最後にたくさん相談にのってくれた先生方や長いこと一緒に過ごした友人、家族には本当にお世話になったし、心から感謝している。あなたたちにめぐり会えてほんと、幸せだった。
東京芸術大学先端芸術表現科 現役合格
青森・青森山田高校/潘 逸舟
 私はときどきじぶんがわからなくなる。私がここに存在していること、そしてここから何かに向かっているこの『私』という人間を取り巻く環境、背景などすべてがわからなかった。だからいつも自分自分を何かに写そうとした。その方法として「表現」があった。なので、私にとって表現することは人間が毎日食事を取ることと同じであるのかもしれない。
 芸大の先端に行こうとした理由は、私の表現を受け止めてくれそうな場所がそこしかないと思ったから。私は高校で油絵も描いていて美大の油絵もなんとなく受けたが、結果は全滅。芸大受験のときはかなり焦った・・・・・・。
  予備校の先生は私に客観性を与えてくれた。私はいつも作品をつくり続けるだけで、その一つ一つの作品について落ち着いて客観的に見ることをしなかった。それは一次の素描も同じで、私はただひたすら描きまくればいいと思っていた。自分が今やっていることを一度離れて客観視することはとても大事だと思う。そこからまた自分の考えていたことと違うモノを発見できるからである。
  先端はあまり受験を意識せずに自分が考えていることや、疑問に思っていることをどんどん深く掘っていけばいいと思う。
武蔵野美術大学映像学科 合格
日大芸術学部映画学科映像コース・放送学科 合格
東京・高輪高校/石原 大彦

 受験生活の中で、僕が誇れるものはほとんどありませんでした。実技も小論文も決していい結果を残してきたとは言えないし、ゲームやマンガに夢中になっていた時期もありました。でもそんな僕が唯一誇れるとすればそれは最後の最後まで逃げなかったことだと思います。
  僕はそれまでの課題で、逆光の絵を多用してきました。逆光の映像がカッコ良くて好きだったのです。決してうまい使い方ではなかったけれど、逆光をテーマとした物語や絵は誰よりも描いていました。「逆光」は自然と僕の十八番のようになっていったのです。
  そして入試当日。複数の言葉から任意にモチーフを選んで作品にする課題。その語群の中に「逆光」と言う言葉があったのです。その時、今しかないと思い飛びつきました。しかし、ふとその隣を見ると「斜光」という言葉があったのです。その時、僕にはその言葉がとても魅力的に感じたのです。僕は十分程、どっちの光をメインにするか本気で考えました。そして悩んだ末、「逆光」を没にしました。
  試験が終わった直後、本当にこれで良かったのかと自問自答しました。しかし、帰りの電車に乗る頃には、これで良かったのだと確信しました。確かに逆光は僕の十八番でした。しかしここでこれを描いたとしても、今までの課題の二番煎じになってしまったと思います。それは安全な自分のテリトリーへの「逃げ」ではないでしょうか。それよりも、今までに描いたことのない、なおかつ魅了的だと思ったモチーフに挑戦する方が、よほど意義はあると考えたのです。それがたとえ本番だとしても、自分の新しい可能性を優先させるべきだと。
  もしあの時逆光を選んでいたら、例え落ちても受かっても後悔していたと思います。合否の結果を含め、あの時の自分の決断、自分の考えが間違っていなかったと確信しています。

武蔵野美術大学映像学科 合格
神奈川・弥栄東高校/泉水 一慶

 五月。デザイン科と迷っていた僕は一足遅れて新美映像科に通い始めました。
  映画も写真もとりわけ好きだったわけではなく、ただ動きというものに魅力を感じて選んだ映像科。正直はじめは半信半疑で課題に取り組んでいたんです。僕は毎回指摘されたことに注意しながら課題を受験の練習のようにこなしてきました。
  きれいにまとまった絵や物語、小論文。一定の評価は得られていたし、仲間にもすごいと言われてきました。しかし何かが足りないと言うことは自分でも感じていたんです。
  「泉水の作品はまだ作品になっていない気がする。」二学期の終わりに先生に言われました。そう。確かに私は課題を課題としか見ていなかったのかも知れません。やりたいことがあって大学を目指すのは当たり前です。では入ってからやりたいことは?僕は映像科の課題一つ一つが、自分のしたいことを示す為の「作品」だったのだと気付きました。毎週課題をやることはきれいな解答を学ぶ。じゃなく、自分のイメージを伝える力を磨いていたのです。
  入るための勉強でなく、入ってからやりたいことを考えるように課題に取り組む。姿勢が変わりました。毎日の生活の中でも何か映像的な面白いものはないかと、きょろきょろと目が動きっぱなしでした。他人の作品も範例として捉えるのではなく、一作品として見ることで良い刺激になっていき、新美に来るのが楽しくなりました。
  普通、予備校というのは合格のための技術を高める場所と思われているし、もちろんそれは大切だと思います。だけど自分のやりたいことを発見し表現する場。それが僕にとっての新美という予備校の意義でした。
  「予備校生でなく映像作家の気持ちで」うぬぼれのようですが、こんな風に毎回課題に取り組めたなら、もう合格は向こうからやってくるものだと思います。

武蔵野美術大学映像学科 合格
埼玉・浦和第一女子高校/新井 香苗

  私が新美の映像科に入ったのは受験の約4ヶ月前でした。芸大デザイン科2浪目で一度受験を諦めたものの、やはり美術に関わりたいと思い選んだ分野が映像という分野でした。
  入った当初は映像について深く考えた事がなく、課題も全く違ったので周りについて行けず、どうしたらよいのか戸惑うばかりでした。しかし、講評を聞いたり他の人の作品を見て自分なりに研究してみたりする内にだんだんと映像科においてやるべき事が見えてきました。そして、出される課題をどうこなすかと言う事にとどまらず、「もし自分が映像作品を作るとしたら」ということを意識する様になりました。どの分野でもものを作る姿勢というのは同じなんだと気付きました。
  そこで大事なのは、日頃どんなものを見て、感じて、考えているかと言う事です。日常の些細な出来事の中にも小さな感動や発見が転がっています。感覚を研ぎ澄ましてそれを感じ、いろいろな方向から分析します。又、美術作品や映画を見た時も同様。これを習慣化して積み上げたものが作品になる。特に映像科では予備校以外で吸収した事が作品の核になるように思います。
  次に、自分について考える事。自分の好きなもの、世界、得意な事や苦手な事等を自己認識しておく事が大事だと思います。そうする事によって課題の意図や自分の作品を客観的に見たり、課題と自分との距離をうまく取れるのではないかと思います。苦手を克服して得意な所を出せば評価につながります。
  私はどちらかというと予備校では決して評価の良い生徒ではありませんでした。
  自分が表現したい事に自信が持てず、迷いながらの毎日でした。しかし直前に先生に言われた「やりたい事やりきっちゃえ」の言葉で私の中の何かがパチンと弾け、本番は自分の世界を表現する事だけに集中する事ができ、迷いのない作品が作れました。

武蔵野美術大学映像学科 合格
武蔵野美術大学芸術文化学科 合格
東京・和光高校/大坂 悠

 本命の武蔵野美大の試験が近づくにつれ、僕は昨年から言われ続けたことが頭から離れなかった。
「自信を持ってやれば大丈夫」
「いつも通りにやれば大丈夫」
  昨年の試験が終わってから僕の課題はこのことだった。本番はいつもと違う。
  考えなきゃいけないのに頭が働かない。僕は人一倍緊張しやすく、そのことは美大の試験、特に映像科の試験では一番の壁になった。
  映像科の試験はその場で考えなきゃいけないことが沢山ある。目の前にモチーフがあるのではなく、想像力でそのモチーフまで自分を導かなきゃいけない。 本番の試験前日、今まで新美で描いてきた作品の束を全部見た。
  「新美は.課題の数が一番多い」そんな事を前に講師に言われた事を思い出した。多分自分はどの受験生よりもこのB3画用紙に向かって頭を悩ましたと思った。もうこれだけ頑張ったのだからいいや。やるだけやったし。と思った。
  本番が終わってまずはじめに思った事は、行けたかも!?と言う自信だった。
  もうこれ以上は良い作品は描けませんって誰かに言ってやりたかった。長い時間新美に通い僕が手に入れたのは、自分意外と出来るんだ。という自信でした。とりあえず大学ではそれを持って頑張っていきたいと思う。

武蔵野美術大学映像学科推薦入試 現役合格
静岡・浜松学芸高校/笠原幸弥

 高三になる春の春期講習に六日間、夏期講習に1ヶ月間、新美の映像科に通いました。
  映像科に通い始めた時から講評の時間が大好きでした。講習生のドラマチックな情景を描いた作品やワクワクするようなシーンを切り取った作品を見ていると、昨日見た夢の内容をこっそり教えてもらったような、幸せな気分になれたからです。
  しかしその一方で、自分の作品では空振りの連続でした。最初は制作段階でエスキースを先生に見せるだけでも恥ずかしかったのです。課題紙を渡されても何をどこまでやっていいのか全く分かりませんでした。
  そんな私が作品を作っていく過程で痛いほど実感したことが一つあります。それは自分には加減するほどの実力もかっこつける余裕も全然ないと言うことでした。悲しい事実ではありましたがそれに気付けたのは大きな救いだったと思います。どうせなら恥をかくこと、欠点を指摘されること、全部作品の中で率直にやり切ろう。ただし一度講評で言われた失敗は二度としないように。今振り返ると夏期講習会の半分が過ぎた頃にそう吹っ切れたことが、ポイントになったのではないかと思います。
  推薦入試対策にも講師の先生方には多大な力をお借りし、お陰様で私は推薦試験で志望校合格が決まりました。また課題に喰らいついていく土日生にはいつも刺激をもらいました。困り果ててどうしようもなくなると私はいつも新幹線で新美に向かっていました。それほど新美で出会った人達の存在は心強かったです。  少し引け目を感じてしまうくらいの大きな夢に出くわした時、大事なのは自分で自分を奮い立たせることだと思います。そうして「思考の葛藤」を「具体的な行動」に移すことが出来れば確実に見えてくるものがあります。そんなスイッチを切り換えるきっかけを私は新美で過ごした時間の中で見つけられたと思います。

東京芸術大学絵画科油画専攻 現役合格
神奈川・桐光学園高校/青山 新
 「おまえはおそらく今年の夜間部生の中で一番沢山資料(画集)を見ているよ」と二次試験の前日に担任の先生に言われた。その言葉に驚き1年間を振り返ってみたが、確かにたくさんの画集を見てきた気がする。特に夏期講習中はたくさん見た。都合のつかない日以外は講習後に時間いっぱい7Fにのこり、片っ端から全部見てやろうと思い1から順にみていき、気に入ったものはそのつどコピーした。結局夏だけで110冊ぐらい見た。そんなに沢山の異なった作家を見ても意味はないと思う方も多いと思う、たしかに受験当日の絵に直接役立ったものは殆どない、作家によって絵のタイプが違うためである。しかし「作品化されている」という点では、すべての画集に言えることである。膨大な「作品化された」絵を見て、絵として成り立つ成り立たないを感覚的に判断できる力を身につける。というのが今年一年の1つの目標であり沢山の画集を見てきた理由である。そして、その作品化できているかできてないかを判断する力こそ、芸大合格にもっとも必要とされる力だと、私は思っている。作家の絵を、いい絵を、なるべく沢山見ることはとても重要だと思う。


同じく、絵を描くことを楽しむことも重要だと思う。絵とは人が能動的に行うことであり、そこに楽しさや快感があるからこそ行う行為である。嫌々絵を描くのは、絵の本質から外れていると思う。そして本質から外れた絵は、あまりいい絵にはならないだろうとも思う。実際、私もあまり気分が乗らなかったときの絵は表面的に上手くいっていてもいい絵にはなっていない。
  どうしても楽しめなくなってしまっている人は、自分の好きな絵を描くのが一番いいと思う。受験をするにあたって、気がつけば「自分の描きたい絵」とは違う「受かるための絵」を描いてしまっている場合があるが、それでは結局本質的な部分には到達できずに、遠回りをすることになると思う。
  「好きこそものの上手なれ」というが、自分の好きな絵だからこそ、自分にしか描けない絵まで行く事ができるのではないだろうか。自分の好きな絵がわからない人は、まず、色々動いてみることがいいと思う。私も夏期講習中には毎回色々なタイプの絵をかいていた。動きつつ、自分を考えることによって、自分がやりやすいことや好きなこと、やりにくいことや嫌いなことがなんとなく形を持ってくる。その後、自分の好きな世界や好きな事柄、好きな色などを文章化して、それにあったイメージの作家絵を集めてみるといいと思う。
  私は担任の先生の助言に従いこれを行った。はじめは「古い感じの絵」とか「空間が見やすい絵」とか「黒い絵」とか表面的だったが、描きながらより深めていくことにより変わっていって、2次試験前には「時間」「崩壊の美学」というのが自分のテーマとなった。そのように、自分の好きなものだと描いていて楽しいし、どのような形の試験であれ、自分の世界に引きずり込んで自分のスタンスで描くことができる。ただなんとなく絵を描くのではなく、毎回毎回なにか目的を持ってやりきり、 自分の絵をどんどん深めていくことはとても重要だと思う。
  最後に、スランプ克服法については、私にはスランプというものがなかったのではっきりとはわからない。ただ、年間に4回ほどコンクールがあったのだが、自分の作品は初めの一回を除いて、結局最後まで上位入賞はしなかった。しかし、入賞しなかった三回とも何かの目的(薄い絵と黒い絵とインパクトのある絵)を持ってやりきった絵だったので、受験にあわせればいいんだと思い、あまり焦ったり悲しくなったりはしなかった。絵をどうしていいのかわからなくなってしまうというのも、結局は自分の好きな世界観、テーマ、方向性について考えないために、何も目的を持たず単に「上手い絵」や「前にほめられた絵」を描こうとすることによって起こるのではないだろうか。マンネリ化しているときは、受験にあわせればいいのだと思ってとにかく動くことが重要だと思う。少しづつでも動くことが重要だと思う。
  停滞とは後退である。また、前進しようと動くことは言うまでもなく、破壊(崩壊)ですらある種の前進なのだ。
  私は新美に来られて本当に良かったと思う。また、いつも的確な助言を下さった担任の先生にも感謝します。受験生の皆さん、失敗を恐れず何事にもチャレンジし絵を楽しみつつがんばってください。
東京芸術大学絵画科日本画専攻 合格
東京・日本大学櫻丘高校/澁澤 星
 私がはじめて新美に来たのは高一の春。その頃はまだ芸大など知らなかった。ただ描き続けたい、そして力が足りないばかりに自分の中にあるイメージを表現しきれないことが歯がゆく、美術大学受験を決意してやってきた。
  しかし、楽しく描いていた基礎科とは違い、ろくに浪人してからは焦りどうしたらよいかわからず、闇雲に描く日々が続いた。早朝から深夜まで唯々描いた。努力すれば、指導されることがすべて出来るようになれば、頑張れば・・・。報われると浅はかにも思っていた。しかし画面は少しも好きなものにはならなかった。
  当たり前だ。ただ、頑張ればよいのではない。正しい判断をして描かなければ意味がない。私は焦るあまり判断することをやめていた。だから絵に自信が持てず描けなくなり自滅。描きたくて仕方なかった自由制作でさえ評価を恐れて筆が止まった。初めて手が動かなくなった。なぜそうやって描いてきた絵が気に入らないのか、気づいたのは三浪の終わりだった。この先、生きていく道の中心を絵にしようと決めた頃求めていたのは、もっと違う次元のものだったではないか。初めからただ努力すれば手に入るものなど欲しくなかったではないか・・・・・と。そしてようやく自分らしく戻れた。
  今年はとにかく悔いの残らないようにやり尽くそうと思っていた。「ただ描きたい、描きたいように描けるようになりたい」本当にそれだけだった。最初の気持ちで描き続けた。大切だと持ったことは優先順位、あらゆるものとの距離感、そして目的(理想)だった。
  画面を作り出すのは自分ただ一人。終始責任を持って自分の手で作り上げるしかし画面上で感じ、考え、判断する「自分」を作るのは一人ではない。周りから受ける発想や刺激、先生の意見やアドバイス、支えてくれる友人、家族、環境を作ってくれる予備校の人、たくさんの支えがあり始めて絵が描ける。感謝してもしきれない。
  これからも今までの時間を生かし目標に向かい邁進しよう。更に、更に。
東京芸術大学デザイン科 合格
山梨・甲府昭和高校/浅岡 小百合
 現役受験に失敗して浪人。一浪目、初めに気づくことはひとつ、「時間の歩幅が違うこと」です。それは残された時間の現実的な感覚が浮き彫りになり、新たな不安を抱えたままの再スタートとなりました。自分に限らず受験に保障はありません。当然のことながら不安は万人についてまわるものです。これから受験に臨むみなさんへ自分からのアドバイスとして次のようなことが言えると思います。
  不安は解消しようと考えるのはよくないのでしょう。スランプや目標のブレなど不安要素は次から次へと出てきます。なので自分に合ったアングルからセルフコントロールし上手に向き合うことが受験テクニックとして重要だと思います。
  制作に完璧はありえません。向上心が先走るあまりそれを不出来と感じることがあるかもしれませんが、決してスランプなどと考える必要はないと思います。自分の制作に対する注意点はより高質な制作物への糧となるのでむしろ大きな過渡期と考えるのがよいと思います。また制作において体調は大きくその作品を左右する要素です。
  受験勉強中から本番までの自分のスタイルと確立させることは合格への決め手になりえるほど重要なことです。
  芸大合格は目標と同時に通過点に変わりました。その先にあるものをしっかり見据えて“今は夢の育成期間”だと思って頑張ることが大切だと思います。
  最後に、先生方の熱心なご指導に感謝しています。
東京芸術大学工芸科 合格
東京・日本大学鶴ヶ丘高校/石田 菜々子
 この一年は、目の前に存在しているものを受け入れることが、私にとってとても大切なことでした。
  浪人中、作品づくりをしてもうまくいかないことばかり、考えれば考えるほど頭の中はもやもやしてきて、自分の絵よりもうまく描けてる人のばかり気になったりして・・・。自分はどうしたかったのかわからなくなってくる。どれが正しくて、どれが間違いなのか?必死に考えて少しでも自分が正しい道を選びたいと思う。だけどそういうことじゃなくて、“誰も正しくないんだ。けれど誰も間違ってなんかいないんだ”ということに気づいたときハッとしました。目の前にあるものを受け入れてそこから何を選択すれば、自分の感じたことが伝わるのか。それが重要なことなのだと思いました。
  そして振り返ってみて思うことは、自分をひとつの場所に固定しないことだと思います!自分が成長するためのヒントはそこら中に落ちていて、それに気づくか気づかないかは自分次第!!ただ必死に描けばいい訳じゃない。時には遊んで、旅行に行ったりおいしいものを食べて、自分をリセットしてみたり。最後の一年は絵を描いている時間よりいろいろなことして考えている時間の方が長かった気がします。それが良かったのか、ものごとをいろいろな角度から見られる力がついたと思います。
  最後になりましたが、いつも親身になって相談に乗ってくれて、私の絵と真剣に向かい合ってくれた先生方、長い浪人生活を見守り続けてくれた家族、そして大切な友達に今は感謝の気持ちでいっぱいです。この気持ちを忘れずに、これからも作品づくりをしていきたいと思います。本当にどうもありがとうございました。
東京芸術大学工芸科 合格
熊本・大津高校/伊東 昭代
 私の受験生活を振り返ってみて、目を背けずに自分と向き合えたことが合格へとつながったと思いました。 一浪目から新美に来て、慣れない芸大コースでとまどいながらもがむしゃらにやりましたが最終合格までは届かず、二浪目も同じ結果に終わりました。三浪目は少し時間をおいて夏期講習から受験をスタートしました。
  今まで感じなかったけど、「時間」が意外とあっていつもと違う課題に触れたりするうちに、受験勉強ということより「つくることは単純に楽しい」と思えることが増え、今までの私はうまくやろうとばかり思って制作していたんだなと再認識しました。三浪目になってやっとそのことに気がついた私は、自分を変えていかなければいけないと思い、自分を見つめなおすことにしました。   無我夢中にやった今までを否定はせず、ちょっと足りないものがあったんだけれどもそれに気づかないようにしていた自分を直すように心がけた結果、自分には“人に伝える”という思いが足りないと気づき、今まで何のために作品をつくっていたんだろう・・・・・・と少しショックも受けましたが、“人に伝えるなら何を伝えるんだ?”“何がやりたいんだ?”と考えられるようになってからはそれまでとはまったく違った気持ちで制作出来るようになりました。波もあったりうまくいかないこともありましたが、試験当日もいつもと同じだと思って普段どおりの作品をつくることができました。
  大切なのは合格するためには自分は何が足りないのかを本気で考えて、自分に必要なものを自分なりに見つけていくことだと思います。人に振り回されず自分を信じて受験生活を送ってください。新美に通えて本当に良かったと思います。先生方、友人、家族に感謝しています。ありがとうございました。
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科 合格
多摩美術大学情報デザイン学科
情報芸術コース 合格
東京造形大学デザイン学科
グラフィックデザイン専攻 合格
女子美術大学デザイン学科 合格
東京・豊多摩高校/山村 知瑛
 浪人生活を終えて1年を振り返ると、長いようであっという間で、高校生時代に普通に過ごす1年とはまるで密度が違ったように思う。その中でコレをやっていて良かったと思うことは
1.とくに春に学科勉強をがんばったこと
2.研究するようになったこと
  新美昼間部私大コースでは、毎日お昼休みに小テストをやることになっている。最初の頃は周りの友達も一緒に昼休みにテストをやっていた。
  しかし日が経つにつれてみんな面倒なのかやらなくなり(笑)、友人らがおしゃべりをする中、私一人だけが小テストを黙々とやるような日々が続いた。お昼休みのたった数分を使うだけなのになぁと思いつつ、友達とのおしゃべりしたいのをいつも我慢してやった。家に帰っても単語や漢字などをやっていた。その苦労もあってか、私は1学期のうちにみるみる成績が上がった。私はこうやって春に頑張った分、冬に焦ることなくかなり楽をすることが出来た。あとで楽をしたい人は春の時期を大事にした方がいいと思う。
  研究するようになったというのは、文字通り。人の作品や参作をよく観察し、資料をたくさん集めて学んだ人は強い。自分で考えるよりも人から学んだ方が良いコトもあるんだとこの一年で実感した。
  特に私は現役のとき、「まぁ何とかなるだろう」とか「そのうちうまくなるさ」と考えていた。そんなんじゃいつまでたってもうまくならないんだな、と研究するようになってしみじみ思った。つまり甘い考えじゃ、いつまでたってもダメだと痛感したということ。世の中ホントに甘くない。
  でも浪人してよかったと思う。苦労もしたけれど、現役でどこかに入っていたらとんだ恥をかいていたかもしれない。それに何より新美の先生方と友達、そして親と話ができ学べたことは人生の宝です。そりゃまだ若いけど、これから生きていくうえでの支えになっていく経験をしたと私は思っている。考え方もちょっとオトナになった気がする。絵から考えまでいろいろ助けてくれた新美に感謝します!! 。
金沢美術工芸大学美術科彫刻専攻 合格
東京造形大学美術学科彫刻専攻 合格
福井・藤島高校/田中 隆央
 私が彫刻を始めたのは4浪目の夏。それまでは絵画をやっていた。好きなことをしていながら違和感を感じ、あらためて自分のやりたいことを問い直した結果の進路変更だった。
  始めた頃は、見るもの触れるものすべてが新鮮。夢中で制作していた。しかしある程度慣れてくると、再び自分の進路に疑問を感じ始めた。制作に手がつかなくなり、彫刻から1ヶ月距離を置くことになった。
  「自分の進むべき道は?」ひとつだけ確かなこと、それは限りなく美術に魅せられている自分がいるということだった。結局立ち止まって考えているだけではどこへもいけない。今の自分がどうしたいのか?答えがあるなら迷わずやるだけだった。
  「やっぱり彫刻がやりたい。せっかく踏み出した1歩を無駄にはしたくない精一杯やってみよう」そう気を取り直したのは2学期も終わりにさしかかった頃だった。
  やればやるだけ見えてくる未熟さ。つくりたいものをつくれない苛立ち。またくじけそうになる。やっぱり向いてないんじゃないかとさえ思った。迷いを捨てたつもりでも、弱い自分は相変わらずだった。それでも前だけ見ていられたのは、好きなことをやっている喜びがあったからだろう。「今やりたいことをやる。そして責任を取る」それで充分じゃないかと思った。何度も受験に失敗し、本当に大事なことがなんなのかすら見えなくなっていた自分にとってこんなふうに思えたことは幸いだった。
  嵐のように過ぎた入試を終えて思うことはこれで何かが終わったわけではないということ。ここで経験した失敗や後悔、苦しみそして喜びはこの先も終わりなく続いていくのだろう。そんなことを思う不安にもなるが、今の自分を信じて行動して、そこから始めるしかないのだと思う。そして何より物をつくる感動と喜びを忘れずにいきたいと思う。
日本大学芸術学部美術学科彫刻コース 現役合格
武蔵野美術大学彫刻学科 現役合格
東京・目白学園高校/野口 由里子
 夜間部生として毎日新美に通いだした当初、デッサンも粘土もわからないコトだらけだった。制作に対する取り組み方はもちろんのことだが、問題は「与えられたテーマの中でどのようにして自分の感性をいかし、表現するか」ということだった。当時私は上手い作品というものは、どれも最終的にたどり着くところは同じだと思っていた。しかし制作に慣れていくにしたがって それは大きな間違いということに気づかされた。形をそっくりうつしとれているのはもちろんのこと、どの作品からも制作者のこだわりや色使いや着眼点そしてすべてにおいて「これは自分の変わりにみる人に対してものを言ってくれる」という思いのもとに生みだされた、制作者の完成そのものだった。それがわかったのは良いものの、今度は自分の作品が情けなくなった。形が上手く取れない、道具の扱い方がわからないということは当然のことであり、日々の制作の中で解決されていくことだが、一番の理由はやはり自分の作品に対する思い入れが感じられなかったからだろう。しかし2学期に入ってからは生活や周囲の環境になれたこともあったのか、落ち着いて制作に取り組んでいけるようになり、「これは自分の作品だ」と心の中で言えるようにもなって言った。受験直前の集中講座では、制作することが楽しくて仕方がなかった。
  自分が頑張ってこれたのも常に自分を支えてくれた周囲の人々のおかげだと思う。そして自分は美術が好きで仕方がないという気持ちが一番大切なことだと思う。
多摩美術大学彫刻学科 合格
筑波大学芸術専門学群 合格
島根・出雲高校/渡部 直
 この一年間はいろんな意味で苦しい一年だった。だけど、こうやって何とか一年乗り越えられたのは、やはり周囲の人たちの力に他ならないと思う。田舎から出てきて一人暮らしをしつつ浪人をするのは、想像以上にハードなものだった。もう後には引けない不安、孤独、結果が出ないことで頭がいっぱいで自分の考えの甘さ、心の弱さを痛感する日々だった。でも唯一の居場所だった新美では人と他愛もないことを話すだけで心が和んだし、講師は先生として、作家として、大人として僕とかかわり面倒を見てくれた。中には僕の生活を心配してくれる人もいたし、授業で学んだことを挙げたらきりがないくらいある。まだ足りないと思うけど、いろんな意味で成長させてもらった。この一年、新美の彫刻科で学ぶことが出来てラッキーでした。
東京芸術大学先端芸術表現科 合格
福岡・福智高校/伊福 紗代
●やりたいことだけやる
やりたくないことはやらなくてもいい。でもやりたいことのためには必死でした。やりたいと思ったときに、やりたいことをできる、反射神経と体力が重要だと思いました。見たいものを見て、聞きたい音を聞いて、行きたいところへ行った一年でした。

●自分に問いを立てる
なにがした?どこに惹かれる?どうしてそうなる?五歳児並に「何で?」を連発。問いを立てることで、自分の無意識の中にある問題を、知りたいと思っていました。その場で答えは出せなくても、そのうちに頭のあっちとこっちが繋がって新しい作品のアイデアに変身したりしていました。

●楽しむために努力する
「楽しむ」って簡単だけど、案外難しかったです。上手くいかないときだってある。そんなときはやっぱり楽しくなかった。それで、どんな状況でもなるべく楽しめるように、モチーフと新鮮に向き合えるように、自分から積極的に工夫することが大事だと知りました。

●新美〜ズありがとう
先生も生徒も、先端にいたみんな、変態で、繊細で、強くて、眩しかったです。必死で表現をしようとしている姿が、かっこうよかった。実はみんなのこと、こっそり憧れていました。刺激されて、おかげでいろんなものが見えてきました。みんながいたから今の私がいます。

ありがとう!人間のこと、大好きになりました。 
武蔵野美術大学映像学科 現役合格
東京造形大学デザイン学科映画専攻 現役合格
東京・東洋英和女学院高等部/清水 華子

 春期講習からの受験生活。今振り返ると、入試直前講習が始まって数日経ったある日の事が、最も大きなターニング アンド バーニングポイントであったように思う。
  その日は午前の作品を午後にやり直すリメイク課題をやっていたが、午後リメイクした作品にも納得が行かず放課後私は三度目の制作をした。だがその三度目の作品も満足の行くものには仕上がらなかったのだ。
  もう夜の九時近くになっていた。がらんとした教室に先生達と、私。先生が言った。「この作品、撮りたいと思う?」とっさに私は「はい」と答えたが、少しして「すみません、やっぱり撮りたくないです」と言った。とたんに涙がどっと溢れてきた。本当は撮りたくもないものを自分を騙し騙し作っていた事。先生がそんな駄作につきあって講評してくれている事。申し訳なさと自分の力の無さに涙が止まらなかった。そんな私を見て先生は黙っていたが暫くして「今度からは自分が絶対撮りたいと思うものを作って」と言い、その作品捨てちゃダメだよと続けた。
  受験は受かる事が目標であるが故に、評価を気にしがちになる。特に私はそれが酷く 、評価の為の作品を作り、自分が何を作りたいか、全く見失っていたのだ。その事実にようやく気づき、以来何を作りたいか自問自答してから制作するようになった。だが勿論それでも悩む日も少なくなかった。そんな時は友人がポンと私の肩をたたいて、楽しめばいいんだよと笑ってくれたのだった。
  楽しんで、自分の作りたいものを作る。聞こえはいい。だがそれを「受験」という中で真に理解し実行する事がいかに難しいだろうか。恐らくそれは悩み、迷った末に理解できるのだと、私は思う。直前講習のあの日がなければ、私は悩む事もその末に理解する事もなかっただろう。
  本番は最早悩む事もなくただやりきった。この合格が根気強くご指導下さった先生や、友人達のお陰である事は言うまでもない。本当にありがとうございました。

武蔵野美術大学映像学科 合格
武蔵野美術大学芸術文化学科 合格
東京造形大学デザイン学科写真専攻 合格
神奈川・横浜雙葉高校/出川 光

 新美に私が入ったのは浪人一年目の四月でした。それまで映像科の課題の形式こそ知っていたものの、今思えば当時の私の作品は相手に伝えることを二の次にした自分本位なものだったように感じます。土曜日と日曜日、時間をたっぷり使った制作と、その講評を繰り返す内に、少しずつ自分の弱点が分かるようになりました。
  現役時代よりも自由に使える時間が増えた分、平日は学科をやりながら美術館や展覧会を観たり本を読むことに時間を使い、土日は新美で制作に集中しました。平日に様々な作品を見たり読書をする時間が持てたことで、それから受けた刺激を制作に活かすことが出来たと思います。
  私はぼんやりと表現したいことがあっても、それをどんな形で伝えたりどんなところからアイディアを持ってくればよいのかが判りませんでした。それが少しずつ感覚として分かってきたのが、冬期講習を終えた頃でした。その頃のクラスの皆の気合いと向上心はもの凄いものでした。講評が終わるとお互いの作品を講評し合いながら、沢山の意見を言い合いました。実技と小論文を交互に繰り返しながらの皆との試行錯誤の中で私が得たのは、「課題に対する自分の考えを自らの言葉で伝える」という感覚です。それが自分の中の定義になると、実技や小論文でどんな課題が出されても自分の中から答えを出すことができ、制作がぐっと楽しくなりました。その背景には、今まで見てきた美術館の作品や本から得た刺激や知識や考えなど様々なものがあったと思います。講評や皆の作品から刺激を受ける度に制作は楽しくなり、何より入試本番で楽しみながら自分の中から答えを出せたことが本当に嬉しかったです。
  誰にでも、ぼんやりとした自分の表現したいことがあると思います。私にとって新美はそれを作品にする術を教えてくれた場でした。一年間ありがとうございました。

武蔵野美術大学映像学科 合格
埼玉・進修館高校/佐藤この実

 浪人してからの私のこの一年は、今までのどんな時よりも気持ちの浮き沈みの激しい期間でした。しかしその一方で、得る物も大きかった一年でもあります。それを過ごした場所が新美でした。
  私にとって、授業のある毎週土曜日と日曜日は刺激と発見の連続でした。講評の度に周囲の人の作品に驚きました。自分にはない感性や表現ばかりだったのです。先生からの言葉、そしてそんな周囲の作品から学ぼうと夢中でエスキース帳にメモを描き込んでいました。
  当然そこから多くの事を学べたのですが、自分の作品と比較して落ち込むこともありました。私は設定された時間以内に作品を完成する事ができずにいたのです。実技もそうでしたが、特に小論文は私にとって大きな壁でした。全ての行が埋まるのもまれという状況です。みんなと同じ時間に作業を開始しているのに完成できない自分にくやしさを感じていました。新美に行くまでの電車の中で家に引き返したいと思うことが何度もありました。
  しかし、直前講習あたりから作業の時間配分ができるようになってきたのです。設定された時間よりも何分か遅れて提出する状態でしたが、今までと比べると大きな進歩でした。諦めてはいけないということをこの頃ようやく本当に理解したのだと思います。
  そして迎えた試験当日。とても緊張しましたが、現役の時に会場の雰囲気に圧倒されて感じた緊張と種類は恐らく異なっていました。終了した後、脱力はしたけれど後悔はなかったからです。どこかすっきりした気持ちになれました。
  この一年間、つらいことや落ち込んだこともありました。しかし、先生からのアドバイスや周囲から受けた刺激、そして後押しをしてくれた人達のお陰で乗り切れたんだと思います。それに気付けたことも、私が得た大きなものの一つです。本当にありがとうございました。

武蔵野美術大学映像学科 合格
東京造形大学デザイン学科写真専攻 合格
東京・小山台高校/牛山 沙織

 私は冬期講習の後期から映像科に入りました。それまでは小論科にいて映像科受験をしようなんて考えていませんでした12月になって武蔵美映像科に写真コースができる事を知り、実技もなんだか難しそうだし始めるのも相当遅いし不安ですごく悩みましたが、思い切って講習に参加する事を決めました。
  初めのうちは本当に描けませんでした。まず何をやっていいか分からないし、絵も上手く描けないし、時間に間に合わなかったり提出できない事がほとんどでした。それに物語を作るのは、自分を全て曝け出すみたいですごく恥ずかしかったのです。とにかく手を動かす前に悩んでいるだけで終わっていました。実は実技はすごく気が重かったです。
  それがなくなったのは入試直前の時です。「先生のとにかく時間内に終わらせ手前に出す!!恥かくつもりで!」という言葉を聞いた時、何かが吹っ切れたような気がしました。恥ずかしくたって恥かいたっていいじゃん。とにかく描かなきゃ始まらない!!と思えたのです。それからはできるだけ終わらせて、他の人の作品を見る時間を作りました。少し早く起きて絵を描く練習をしました。少しずつ楽しくなっていきました。
  本番は人生で一番というくらい本当に楽しく描けました。自分の中にずっとあった描きたいイメージが課題文に当てはまるので、少し考えて、それを描く事にしました。前日、先生に「新鮮な気持ちは大切だよ」とアドバイスをもらったので絵は真っ白な気持ちで描きました。なんだか分からないような大胆な絵が出来上がりました。描いている途中は楽しみながら、線の太さで遠近感を出す、つめは短く切る人か長い人か、細かいディテール、無駄な描き込みが大切など講評での一言一言が思い浮かび、割と冷静でした。何もできない私だったけれど、できることを教えてくれたので楽しむことができました。ありがとうございました。


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